The Extreme Tour Japan 2015の振り返りと総括

これねー、個人Web日記に書いたし、Facebookのノートにも書いたけれど、
このバンドの公式ブログに書いていいものか迷うんだ。
というのは、参加してくれたアメリカのバンドさんたちに対して、少し批判的なことも書いているからね。
普通、こういうのはバンドのブログとかには載せない。
普通バンドっていうのは、お客さんに対して、内情みたいなことは見せない。
でもね、うちのバンドは、ちょっと立ち位置が変わっていて、海外向けにやっているクリスチャンメタルとか、とにかく立ち位置が少し変わっている。
だから、僕らにとって「お客さん」という立場は、わりと海外のファンの人たちで、
日本の人たちは、「身内」とか「仲間」、あるいは「共犯者」みたいに捉えている。
だから、見守ってくれる日本の方々には、内情をいつでもシェアしたいという思いがある。
そして、まあ、バカなことを書いているなあ、この人、ダメだなあ、と思っていただければ、それで幸いです。
日本語で書けば、この日本語という高機能な言語と、社会的な文脈が、ランゲージバリヤーとなって、いくら翻訳機能が発達しようとも、この気持ちを本当にシェアできるのは、日本の人たちだけ。
でも、それって、秘密の共有みたいで、少し嬉しい。
昨年のブログを見ると、やっぱり昨年のXTJの感想も、ここのブログに書いているし、やっぱりここにも、載せてしまおうと思う。
 
あらためて、今年のXTJに関わってくれた皆さん、応援してくれた皆さん、本当にありがとう。
そして、アメリカからはるばる演奏しに来てくれたSikaとFiliaの皆さんにも、本当にありがとう。
 
——
 
 
 
 
The Extreme Tour Japan 2015の振り返りと総括
 
 
目次
 
Part1 (公式っぽい総括)
 
1: 現在までの背景、経緯、2013、2014のふりかえり
 
2: 現在のXTJが抱える問題点
 
3: 今年度のおおまかな結果
 
4: 今年度のXTJの成果と得たもの
 
5: 日本チームの活躍と功績
 
6: 今回のアメリカチームの講評
 
7: 来年以降への課題
 
8: 与えられた聖句
 
 
Part2 (個人的な総括と感想)
 
9: Imari Tonesナカミネタカヒロとしての偽らざる講評
 
10: 演奏上の戦い
 
11: SIKAへの手紙
 
 
 
けっこうきついこと書いてるんで、
今回のエクストリームツアージャパンで、楽しんでいただいた方、
アメリカチームの人たちと仲良くなった方、
夢を壊すようなこと書いてるんで、嫌だなと思ったら、
ぜひ読まないことをおすすめします!
関係者向けの反省と講評の文章です。
やたら長いです。
 
 
注意: もしあなたがこれをグーグル翻訳などの自動翻訳サービスを使って読んでいるのなら、私はここに警告する。自動翻訳を信じないように。日本語と英語の間の自動翻訳は非常に難しいものだ。時折それは完全に逆の意味を指し示すこともある。ましてや、個人的なスタイルで書かれたこのような長く複雑な文章を翻訳するには、その背景や、細かいニュアンス、文化的な文脈の違いなどから、本当の意味を読み取ることは限りなく不可能に近い。もしあなたがここに書かれている文章の意味を知りたければ、音楽とキリスト教の両方に精通した信頼のおける日本人に頼むか、あるいは10年かけて日本語を自分で勉強することをお勧めする。
 
 
 
Part1
 
1: 現在までの背景、経緯、2013、2014のふりかえり
 
The Extreme Tourとは、アメリカで1994年より続く若者向けのキリスト教の伝道ツアーである。クリスチャンミュージックと、スケートボードなどのエクストリームスポーツを通じて、教会の手の届かない若者たちに神の愛のメッセージを伝えることを趣旨とする。
その特徴としては、やたらに神とか宗教とかそういう感じの説教をするんじゃなくて、もっと実践的に、身をもって体当たりで神の愛を示すということ。わかりやすく言えば、皆と一緒に楽しみ、パーティーすること、を旨とする(笑)。
始まった当初は規模が小さかったらしいこのツアーも、今では毎年全米で行われ、たくさんのアーティストやスケーターが参加するイベントになっている。
これが日本で行われるようになった経緯は、僕が自分のバンドであるクリスチャンヘヴィメタルバンドImari Tones(伊万里音色)にて、2011年にテネシー州ナッシュビルで行われるThe Extreme Tourのイベント「The Objective」に参加したことがきっかけとなり、また2012年にImari TonesがThe Extreme Tourのアメリカ西海岸の部に参加した際に「これを日本で行うことが出来ないか」と言われたことが直接のきっかけである。
もとよりキリスト教の土壌も乏しく、教会などの規模も小さく、また音楽を演奏する環境や土壌もアメリカとはまったく違う日本において、このようなツアーを行うことは当初まったく考えられず、僕は即座に「無理無理」と答え、そして日本に帰ってから相談したすべての人、牧師さん、クリスチャンの友人、ミュージシャンの友人、すべての人が見事に「それは日本では無理でしょ」と答えたが、それでも神さんの命令ならやるしかないよなー、とほとんどやけくそで2013年に第一回を敢行。アメリカと同じとはいかないまでも、日本の環境と現状の中で、どうやったら「エクストリーム」な伝道活動(演奏活動)を行うことが出来るか、という命題のもと、なんとかアメリカでの形式を「日本の現状に合わせて翻訳」することで「草の根スピリット」を維持。なんだか予想以上の成功を納め、かかわった人たちもみんなやたらハッピーになって神さんの愛に満たされる。
 
第一回である2013年は前年にアメリカ西海岸をImari Tonesと一緒に回った「戦友」であるThe Lacks、The Burn Ins、そして2011年のThe ObjectiveでImari Tonesと会っていたC.J.Lassiterなど、旧知の友人といえるアーティストが来日し、チームワークも完璧に日本の環境で最大限にThe Extreme Tourのスピリットを発揮した。
 
第二回である2014年は、再度の来日を期待されたThe Lacksが結局来日できず、直前までアメリカ側から誰が来るのかわからないまま計画が進み、結果的にはThe Extreme Tourアメリカ本部の中心人物の一人であるGallery Cat (Angelo)が一人で来日。アメリカ側から派遣されたのが一人だけという状況の中、ソルフェイ(Soul of Faith、オオハラシンイチ)、CLOD(三木ヒロキ)などの日本のクリスチャンアーティストが大いに発奮し大活躍、日本側のチーム、仲間達、日本側のアーティストが強められるということが真の祝福となった。(他に参加アーティストは、GeeBars、Indicator、ヤマモトカオリ、儀太郎、toshi_rock閣下 from B.D.Badge、Atsuki Ryo with Jesus Modeなど)
 
このThe Extreme Tour Japanをきっかけとする形で、翌2015年にはこれらのアーティストが中心となってクリスチャンロックレーベル「Calling Records」を発足させコンピレーションアルバムを発売したり、9月にはクリスチャンロックフェスティバルである「松原湖バイブレーションジャム」が行われるなど、「エクストリーム」な精神性を持った活動が日本のクリスチャンロックシーン(そんなものがあるとすれば)に広がる動きを見せる中、2015年、3度目となるThe Extreme Tour Japanが行われることになった。
 
もとより、3年目ということで、主催する中峰夫妻もいろいろと限界であり(精神的、体力的、経済的、生活的)、また予算もまったく残っておらず、そして昨年のようにクラウドファンディングで寄付を募る余裕もなかったことから、6月の時点で僕(中峰)はアンジェロに「おい、今年はたぶん無理だぞ。率直に言って金がない。」と告げ、アンジェロが「金はこっちが出す。いくら要るんだ。」と言い、「そうだな、レンタカー代とか会場費とか宿泊費とかこれくらいかな」と伝えたところ、「それくらいなら出せる。やろう。」とアンジェロが言うんで、僕も「ほんまかいな。じゃあ、やるか。」と言って計画を練り、そして実行したものである。
 
 
 
2: 現在のXTJが抱える問題点
 
そもそもが最初から「こんなツアー、日本でやるのはとても無理」と皆が口をそろえて言う中からスタートしたThe Extreme Tour Japan(以下XTJ)であるので、現状のXTJは多くの問題を抱えている。
 
まずはなんといっても金銭的なリソースが無いこと。
教会とか組織の後ろ盾があるわけじゃないんで、予算は毎年、ほとんどゼロからのスタート。アメリカから招聘するアーティスト、バンドにしたって、日本へ行くための飛行機のチケットは自分たちでお金出して取ってもらうしかない。これだと、金のないバンドは日本に来れない。
参加する日本側のバンド、アーティスト、バンドマンにしたって、普段のバンド活動でさえ精一杯の中、金なんてあるはずもなく、また仕事を休めなかったりとか、参加したくても参加できない状況がいっぱいある。
またイベントを打ったり、会場を押さえたりするのにも費用がかかるので、なるべく費用のかからない、小さな会場を選ばざるを得ないとか、そういう情けない状況がたくさんある。
しかし、そういう小さな会場でやるのも、ある意味The Extreme Tourらしいといえばらしいので、その点を逆手にとって「アンダーグラウンドな」会場でやっているのが現状である。
 
 
それから人的なリソースの不足。
2013年に行った第一回などは、ほとんど完全に僕(中峰)が一人で計画しブッキングや各種手配など行ったので、もういろいろといっぱいいっぱいであり、ツアーが終わってみれば円形脱毛症になっていたというオチがついた。
そもそもが僕がこのThe Extreme Tourを日本でやろうと思った瞬間から、僕の目標はこの企画を「人にパスする」ことである。つまりは自分の手を離れて人に任せたいということだ。それはつまり、僕なんかは何の力もない無名のアーティストで、クリスチャンとしてもただの「平信徒」なので、もっとふさわしい人たちにまかせてしまいたいのである。それはつまり、僕個人の限界がツアーの限界になってしまってはいけない、ということだ。僕の手を離れて、皆で育てていくツアーにならなければいけないのだ。
3年目を迎えて、おかげさまで周囲にこのXTJに協力し、その一部となり、手伝ってくれる友人や仲間も少しずつ増えてきた。
だが、まだまだ自分が(そしてうちの嫁さんが)中心にいる状況に変わりはない。
ぶっちゃけ、率直に言って、俺はもう限界である。3年これをやって、はっきりいってもう無理だ。来年、俺は中心になってやれとかもう無理だ。だから、今年のXTJでは、いよいよ本格的に、中心になってやってくれる新たな協力者を探すことがテーマのひとつだったのである。
 
 
それから教会などのつながりとネットワークの不足。
これは矛盾するようだが、The Extreme Tourというのは、なるべく教会から離れて、教会の外へ出て、教会の手の届かない場所へ行くのが趣旨のツアーだが、けれども地域の教会のサポートがなければ成立しないツアーなのだ。
アメリカではそういったサポートがたくさんあるけれども、日本では、教会のサポートが得られているとは言いにくい。
日本のキリスト教会は、おおよそ、数も少なく、規模も小さく、アメリカのエスクトリームツアーのように「宿泊からブッキングから予算から全部面倒見てね」というのはほとんど無理だ。
そして、日本のキリスト教の世界の中でも、単立のちっちゃな教会にずっと居る(居た)自分からしてみれば、日本のキリスト教の中でのネットワークもつながりもぜんぜん無いので、頼れる人も少ない。
 
 
まあ、あとは日本の状況そのもの。ライヴハウスなどの会場費が異様に高い。みんなをのっけられるような大きな車がない。(そもそもそんな大きな車、日本の狭い道を走れない、笑) 住宅事情が狭いので、来日したバンドたちの宿泊場所を探すのが難しい。アメリカの住宅なら、気軽に「いいよ」と泊めてもらえるところでも、日本だと95%の確率で「お断り」となる。さらに教会も小さいので、10人程度のメンバーでも泊められない場合が多い。(アメリカの教会だと、30人とか40人でも普通に泊まれたりする。寝袋使用だけどね。) アメリカの教会の場合、宿泊も出来て、食事も出て、さらに寄付金ももらえたりするが、日本の場合、教会であっても一泊1000円とか1500円とか宿泊費を払う必要がある場合が多い。
 
 
The Extreme Tourは本来アメリカでは、野外でのイベント、屋外ライブをするのが基本である。そうすることによって、一般のいろいろな人たちに見てもらえるからだ。けれども日本では、住宅事情や騒音の問題により、これが難しい。野外ライブをやれる場所が非常に限られているし、やれたとしても、騒音の問題により大きな音を出せない場合がほとんどである。
この結果、日本でのエクストリームツアーにおいては、なかなか本来の形である野外ライブを打つことが難しい。そこも悩みではあるが、同時に、日本の環境においては、音量が小さく、どこにでも持ち運び、出張が可能なアコースティックでの演奏を行うことが、非常に重要になってくる。
 
 
そして、現状での運営での問題点として、アメリカから来日するアーティスト、バンドが安定しないことがある。
現状で、日本ツアーに参加するアーティストの人選は、アメリカ側にまかせっきりであり、誰が来るのか、どんな人たちが来るのかが不明なままで計画しているところがある。昨年は直前まで誰が来るのか決まらず、また今年も、7月末までには決めろ、と言っておいたにもかかわらず、いや実際には確かに7月末にいったん決まったのだが、ロシア国籍だったSikaのアレクセイのビザ問題や、Magsの健康上の理由による離脱、さらには来日数日前のアンジェロの緊急入院など、結局は今年も直前までアメリカ側の事情に振り回されることとなった。
 
また、僕(中峰)とアンジェロは、定期的にメールやビデオチャットなどで連絡はとっているものの、アメリカ側と日本側の連絡や、協力関係はまだまだ十分に密接とは言えず、そこのつながりを強化し、お互いにもっと理解し合う必要がある。
日本という場所がどういう場所で、日本側がどういうアーティストを求めていて、また日本をツアーするということがどういうことなのか、きちんと理解した上でアーティストに来てもらいたいのだ。
そして、アメリカ側が日本の事情をよく理解してない、たとえば、日本では宿泊などの事情も難しいし、お金もかかる、それに、会場のブッキングにしたって、何ヶ月も前、場合によっては一年くらい前から押さえる必要がある。そういった事情を理解しないままでアメリカ側からいろいろ言われても、「それは無理」みたいなところがあるのだ。かたや日本側の人たちからは「まだ詳細決まらないの?」とか言われてしまう。その板挟みになるのは、けっこうきついのである。
 
 
 
 
3: 今年度のおおまかな結果
 
3年目の開催となったXTJであるが、今年は、外から見れば、一定の成功を収めたように見えるかもしれないが、内側から見れば、限りなく失敗に近く、実際に失敗の一歩手前だった。なんとかやりぬいて成功と言える結果を得ることが出来たのは、参加、協力、応援してくれた皆さんのおかげとしか言いようがない。
 
今回、最大の不確定要素だったのはやはり来日アーティストであり、当初7月末時点で決まっていたラインナップ(Gallery Cat、Mags、Sika)は、Magsの健康上の理由による離脱、そして直前のGallery Catの緊急入院によって、SikaとFiliaという二組になった。実際のところFiliaはSikaのギタリスト、ネイトの妻であり、スタッフも含めて彼らは「身内のみ」の状態で来日することになった。そして、本来ツアーリーダーでありThe Extreme Tourの中心人物であるアンジェロ(Gallery Cat)が不在となったことで、彼らはリーダー不在で身内のみで自由に振る舞える状態となった。その結果、今回のXTJは、日米のクリスチャンアーティストが集まってチーム一丸となって神のために行うツアーではなく、エクストリームツアーというインフラに乗っかってSikaとFiliaという2組の身内の一団が自分たちのために行うツアーになってしまっていた。
 
SikaとFiliaは、どちらも音楽的には非常に優れた実力を持つアーティスト、バンドであったが、決してクリスチャンアーティストとは言えず、The Extreme Tourの趣旨もあまり理解しておらず、また日本でのXTJをめぐる状況もあまり理解していなかった。また、演奏はともかく、運営側からしてみるとこちらの状況を理解していないともとれる身勝手な行動や言動が多かった。
ツアーで行く先々での演奏は好評であったが、次第に運営側(中峰夫妻)との対立が目立つようになり、ツアーも後半にさしかかった時点で、僕と嫁さんはツアーの中止を真剣に考えたほどだった。
 
そのようにクリスチャンの言葉で言えば「サタンの攻撃」があったわけだが、なんとかその攻撃を見切り、戦い抜き、正しい判断をしてツアーをすべて終え、結果的にツアーを成功とすることができた。しかし、その水面下で、かなり大きく深刻な霊的な戦いがあったことは運営側として明記しておきたい。
 
 
 
 
 
4: 今年度のXTJの成果と得たもの
 
成果としては、時系列の順番で書けば、
いわきツアー(福島県)が出来たこと。1年目に訪問して盛り上がったいわきの地元密着型の熱いスタジオ兼ライブハウス「パラダイスブルー」さん、昨年は諸事情によって急遽キャンセルになってしまっていたところを、2年ぶりに訪れて、再度、国際交流ライブを行うことが出来たこと。
昨年訪問して受け入れていただいた勿来キリスト福音教会においても、再度訪問し、コンサートを行うことが出来たこと。
これはどちらも非常に大きな成果だった。
いわきに関しては、XTJとしては3年連続で訪れていることになり、これは着実な成果と言える。
 
XTJに関わってくれる仲間達、アーティストたちと、ともに行うライヴを出来たこと。そして、その場において、XTJ、The Extreme Tourの本来あるべき霊的な姿を実現できたこと。具体的には、新宿Merry-Go-Roundのライブの最後に、神の祝福の中でワーシップを皆で歌うことが出来たこと。(歌ったのはもちろん、Sikaのように、じゃなくて、「鹿のように」である。)
 
そして、ストリートライブ、The Extreme Tourの言葉で言えば「ハイプ」に関しても、決して成果は芳しくなかったものの、何カ所かで行うことができた。この「ハイプ」というやつは、The Extreme Tourの伝統として、特に人々がシャイで、コミュニケーションをあまり取らない日本の社会においては、今後も積極的に行っていきたい分野である。
 
 
メディアへの掲載もある程度行うことが出来た。まあクリスチャン系のメディアではあるのだが、クリスチャントゥデイ、CGNTVの取材を受けることが出来た。
狭い日本のクリスチャン業界であるので、みんな顔見知りだったりするのだが(汗)、こうしたメディアに掲載していただいて、活動を記録、広報してもらうことで広がることが確かにあるのでとてもありがたい。またクリスチャントゥデイの記者であるSさんは、実は2013年に一年目のXTJを行った際に、ひょんな縁で偶然知り合って関わってもらったのである。その時にはまだ学生さんだった彼女は、2年目の計画をしている時に、「何かの形で協力します」と言っていただいたのだが、まさかクリスチャン系の報道記者になって記事に取り上げてもらうようになるとは驚きであった。話としては出来過ぎの展開だが事実である。昨年2年目もツアーの一部に同行して取材していただき、その後もCalling Recordsや松原湖バイブレーションジャムなども取り上げていただき、その記者としての仕事ぶりや成長も感じている。今回も立派な記事にしていただいた。ありがとうございます。
 
 
そして、昨年同様、いや昨年以上に、日本側のチーム、日本側のアーティストが強められたのも大きな祝福である。昨年、2年目となるXTJを行う中で、ソルフェイ(オオハラシンイチ氏)、CLOD(ミキヒロキ氏)をはじめとして、日本側のクリスチャンバンドたちは大いに発奮し、協力し合うきっかけとなったのである。そして、それから一年が経ち、Calling Recordsの企画や松原湖バイブレーションジャム、そしてそれぞれの活動を通じて、お互いに高め合った日本側の「クリスチャンバンドたち」は、非常に強くなっていた。そして今年のXTJの日程を通じて、その日本のクリスチャンアーティストたちが、アメリカのアーティストに負けないくらい強められていることが、証明されたのである。
 
これについては少し複雑な面もあり、本来であれば、アメリカから来日するアーティストたちについて、「さすが本場アメリカのクリスチャンアーティスト、演奏だけでなく、信仰やメッセージの点でも凄い!」とならなくてはならない。しかし、実際にはその逆のことが今回は起きていた。
 
つまり、今回来日したアーティストは、音楽の面でも、メッセージの面でも、また人間的な面でも、必ずしもクリスチャンアーティストとは言えず、かっこいいバンド、アーティストではあったけれど、The Extreme Tourの本来の目的である神の愛のメッセージ、その部分は、日本側のバンド、アーティストが担当せざるを得なかった。そして、参加した日本側のクリスチャンアーティストたちは皆、見事にその役割を果たしたのである。
 
確かに日本にはクリスチャンの土壌は少ない。クリスチャンミュージックの土壌や歴史もまったくといっていいほど無く、まだまだこれから始まっていく感じである。
けれども、こうして少しずつ芽生えた「エクストリーム」な信仰は、その厳しい環境の中で、むしろアメリカ側のアーティストに負けないくらい強いものになっているかもしれない。もちろん、それは音楽的な能力とか、才能とか、技術的なこととか、そういうことを言ったら、まだまだアメリカの人たちにかなわない面はたくさんある。けれども、クリスチャンアーティストとして熱く生きるその本質の部分では、決して負けていないかもしれない。そんなことを思い、頼もしく感じた。それはつまり、自分たちが強いのではなくて、神が日本のアーティストの霊的な部分を強くしてくれているのである。それはつまり、神がこの日本に対して、確かに計画を持って、何かが起ころうとしている、ということに他ならないのだ。
 
 
そして言ってしまおう。
今回のXTJの最大の成果は、3年目にして初めてとなった「防衛戦」を戦い、守り切ったことだと。
つまり今回のツアーを通じて、僕たちは、「何か」を守らなくてはならなかった。クリスチャン的ではないものから、「クリスチャンロック」というものを、本来の「エクストリームツアー」というものを、そして、僕たちが規模は小さくても今まで行ってきた「The Extreme Tour Japan」というものを、守る必要があった。そして何よりも「キリストの名誉」というものを、守る必要があった。(きっぱり。笑。)
確かに僕たちは攻撃を受けていた。「クリスチャン的ではない何か」から、「エクストリームツアーではない何か」から、攻撃を受けていた。
けれどもその攻撃に対し、戦い、確かに守り切った。
ちょっと大変な戦いだったけれど、「挑戦者」としての戦いではなくて、何かを守るための「防衛戦」をやりきったことは、個人としても、アーティストとしても、そして運営チームとしても、初めての経験だったように思う。
そして、また、またも、またしても、という感じになるが、僕たちは、僕個人としても、アーティスト、バンドとしても、そしておそらくはXTJという関わってくれるチーム全体としても、この「防衛戦」を通じて、さらに強められたのだと思う。
そして、たぶんそれこそが、神さんの意図だったのじゃないかと思うのだ。
 
 
そして、ツアーの最後の部分で、愛知県への遠征を行ったが、これは現実的に考えれば最大の成果のひとつだったと言っていい。
一時は中止も本気で考えた愛知遠征であったけれど、結果として、蒲郡市にある国際クリスチャンバプテスト教会の支援を得て、豊橋、蒲郡、名古屋と行ったそれは、地域の教会を得て、人々と交流する野外ライブ、チャリティ活動、そして一般のアーティストとの共演なども含めて、実にThe Extreme Tourの精神にかなった、アメリカで行われているThe Extreme Tourの本来の形に非常に近いものだった。
そしてこの国際クリスチャンバプテスト教会は僕が今まで見てきた中でも日米問わずもっとも素敵な教会のひとつであったし、非常に良い印象を受け、そして良い関係を築けたのではないかと思う(hopefully)。遠藤牧師も実に素晴らしく、度量の大きな頼もしい人物であった。この教会の皆様と、願わくば長期的に良い関係を続け、互いに協力していくことが出来れば、The Extreme Tourにとっても良い発展が期待できるのではないかと思う。
 
 
そして、来年以降に運営に深く関わってくれる人を探すというのが今回のXTJの裏テーマであったけれども、その面でもツアー中に幾人もの人物に出会うことが出来た。この点については、これから皆でどう話し合っていくかにもかかっているので、ここでは、「皆さん、お願いーー!」
と書くにとどめる。
 
 
 
 
5: 日本チームの活躍と功績
 
上記したように、今回来日したアーティスト二組は、音楽的には素晴らしい実力を持っていたものの、決してクリスチャンアーティストとは言い難かった。よって、各地のイベントにおいて、The Extreme Tourの本来の趣旨である「神の愛を身を以て伝える」という役割は、日本側のアーティストに託された。
そして、参加したどのアーティスト、バンドも、見事にその役割を果たしてくれた。
 
今年8月のCLODの解散以降、ソロアーティストとして活動を始めたミキヒロキ(Hiroki Miki)、彼はいわきツアーに同行してくれた。パラダイスブルー、勿来キリスト福音教会、そのどちらの場所でも、SikaもFiliaも素晴らしい演奏をしたけれども、それに負けないパワーで、三木くんはまっすぐで真摯なメッセージを歌ってくれた。CLODが解散したのは残念だけれども、解散以降、三木くんは何かふっきれたように、本当にのびのびと歌っているように思う。車の中でいろいろ彼と話すことができたのも今回、僕にとっては大きな財産だけれども、彼はとても謙虚だけれども、日本人のクリスチャンアーティストとして、間違いなく確かな実力と、スピリットを持っている。
 
 
オオハラシンイチ(ソルフェイ、Peter’s Chicken Party、オオハライチ)
オオハラ氏は、昨年のXTJで大活躍してくれたけれども、今年は忙しくて昨年のようながっつり参加ではないけれども、けれどもやはり大活躍だった。
ギタリストとしてなんかずいぶん頼もしく成長した姿をPeter’s Chicken Partyで見せてくれたのはもちろんなんだけれども、白楽BCBGで初めて拝見したオオハライチでの演奏が凄かった。僕は、オオハライチは、初めて見たんだけど、凄かった。それは、オオハラさんと、ライチュウ氏の二人だけのユニットによる演奏だったけれど、凄かった。楽曲は半分くらいソルフェイの楽曲もやっているから、そのメッセージ性はもちろん強いんだけれど、ギターの音も、ライチ氏のビートボックスも、とにかく凄かった。なんかもう、こんなにすごかったんですね、知りませんでしたすみません、っていうレベルだった。あのね、言っちゃえばね、Sikaって同期バンドだから、会場の大きさっていうかPAシステムの性能と演奏の迫力が比例するところがあるのよ。白楽BCBGは小さな会場だったから、Sikaもあんまりパワー出してこなかったというのもあるんだけれど、それを差し引いても、オオハライチの完全勝利だった。
 
 
そこはやはり、未来の音を鳴らそうとしている者と、過去の音を鳴らそうとしている者との差じゃないかなあ。
メジャーを目標に定めている者と、メジャー以上の未来の音を鳴らそうとしている者の差。
現代においては、メジャーとインディーズのレベルの差は、とっくに逆転して久しいのだからね。
 
 
B.D.Badge、toshi_rock閣下
今回、西横浜El Puenteで共演していただいたB.D.Badgeさんは、初年度の2013年にこれも横浜の音小屋にてXTJと共演している。もちろんクリスチャンロックの大先輩だし、いろいろな意味で、アメリカのクリスチャンバンドと比較してもぜんぜん負けていない(当然)。金曜日のEl Puenteは、決して集客しやすい環境ではないので、いろいろと心配もあったけれど、共演していただいて本当に嬉しかった。そして、この日のB.D.Badgeは、いつものパワー全開のステージとはちょっと違い、パワーをいつもより押さえて、ゴスペル色のメッセージの強い選曲だった。もちろん最後にはいつもどおりパワー全開の寿朗さんだったけれど(笑) なぜ寿朗さんたちが、あんなにゴスペル色の強い選曲で来たのか、その理由は、そう、こうして振り返ってみると、よくわかる。このツアーは、すべてがやっぱり、必然に導かれていたと思う。すべてのことに、きちんと理由があった。
 
 
Peter’s Chicken Party
9月に行われた松原湖バイブレーションジャムでついにデビューを果たした「クリスチャンパンクバンド」Peter’s Chicken Party、略してピーチキパー。
それまでまったくバンドとかやったことのない「初心者」であるノブ氏が中心となって結成されたバンドだけれども、彼を支えている二人が実力者だということもあって、このバンドのポテンシャルは実はとても高い。あとはどこまでノブ氏がやるか、というところだけれど、僕は実のところ、彼の素直なメッセージ性や、まっすぐな歌詞を高く評価している。前半戦の山場ともいえる新宿Merry-Go-Roundで行われたライヴの際、クリスチャン色っていうのか、神の愛のメッセージを叫んだのは、出演した5バンドの中で、トップバッターだったピーチキパーと、最後に演奏した僕たちImari Tonesだった。どっちも馬鹿みたいにストレートなメッセージだ。そして、それがどんなに心強く、僕の演奏にとっても、助けになってくれたかわからない。あの日、会場に、ノブ氏、オオハラ氏、ルカ氏、彼らピーチキパーの三人が居てくれたことが、どれだけ心強かったことか。彼らはみんな、すげえ信仰を持った三人だ。このバンドはまさにThe Extreme Tour向けだ。このバンドは続いていくべきだ。
 
そしてノブ氏もだけどみんな、運営面でもすごい助けてもらったけど、みんな書いてるときりがない!みんなありがとう。
 
 
儀太郎
儀太郎さんは、別にクリスチャンバンドとかではぜんぜんないけれど、なぜだか縁があって、3年連続でXTJに出演してもらっている。実際「エクストリーム」であることは間違いないし(笑)、もはや日本ツアーの名物というか象徴的な感じで、本国のThe Extreme Tourにも、参加バンドとして公式に申請してもいいんじゃないかと思えてくる。皆さん、本当に参加していただき、素敵なステージで会場を盛り上げていただき、また僕らの演奏の際にもうちわであおいでいただき、すべてにおいて本当にありがとうございます。そして、ナウさんの笑顔が、あの日、どれだけ僕にとって励みになったかわかりません。
 
 
ヤマモトカオリさん
昨年、一昨年と、お忙しい中、XTJにご助力いただいています。
今年はストリートライブのコーディネートをしていただき、ご本人の演奏はなかったものの、本当にご助力いただいて感謝しています。カホンも貸していただいて、すごいお世話になりました。なにから何まで、感謝しきれず、来年また演奏に参加していただけることを期待しています!
 
 
Atsuki Ryo with Jesus Mode
身内なので省略(笑) がんばったぜ!
 
 
唯一言えば、プエンテで演奏した一回きりだったけれど、新曲”Glory of the Sky”において、俺がサビのコーラスを高い声で歌ったら、マイクの音量がすごい大きくなってて、ほんのりバックグラウンドのつもりで歌っていたのに、実際はリードヴォーカルよりもずっと大きな音で、俺のすっとんきょうな声が響いていて、後で録音聴いたら超恥ずかしかったんだぜ。
 
 
Imari Tones
最初に書いたとおり、このThe Extreme Tour Japanというものは、この僕らのバンドImari Tonesが、2011、2012と、アメリカ側のイベントに参加したことがきっかけとなって日本で始まった。けれども、日本でXTJを行うにあたって、僕らは決してImari Tonesをプッシュしていない。それは、ぶっちゃけ、スケジュールや予算の都合もあるけれど、自分自身とか、自分のバンドが中心になるんじゃなくて、みんなをフィーチャーするツアーにしたいからだ。
今回も、自分がImari Tonesとして参加したのは、新宿Merry-Go-Roundと、愛知遠征のみ。
けれども、今回、愛知遠征を行ってみて、思ったのは、もっと早い段階で、アメリカ側のアーティストたちを、Imari Tonesと一緒に行動させ、ツアーさせるべきだったとそう思った。
つまり、こう見えてもImari Tonesは、やっぱり結構、強力なのだ。
それは、クリスチャンロックバンドとして、そして、The Extreme Tourを体現するアーティストとして。
何年にもわたって、ツアーや、ライヴや、ネットや、音源を通じて、海外のクリスチャンな人たちや、音楽ファンを(小規模だけど)魅了しているのは伊達じゃないのだ。
毎度毎度、”Ridiculously Awesome”(ばかばかしいくらいすごい)とか、”Stupid Good”(ばかみたいに良い)とか言われているのは理由があるのだ。
だから、Imari Tonesと行動を共にし、一緒にツアーし、一緒に演奏して回る中で、アメリカ側のアーティストにも、伝えられるものは確実にあるのだ。それは、日本の状況ということもそうだけれど、身を以て神の愛を伝えるという精神もそうだけれど、それはもちろん、日本人のスピリットということだ。日本人ならではの信仰ということだ。
そして、それは俺1人ではできない。
やはり、Imari Tonesが3人揃ってこそ可能になるのだ。
その意味では、Imari Tonesの3人との「遠征」を、もっと早い段階で、組んでおくべきだった。
このなんだか苦しかった「防衛ツアー」が、途中で中止しようかと思ったけれど、愛知遠征ですべてが丸く収まったのは、愛知の皆様のおかげであると同時に、やはりそこにImari Tonesが居たからだった。
Imari Tonesの精神性の「リトマス試験紙」でありもっとも純粋な部分を受け持つはっしーの活躍ももちろんだけれど、特にジェイクは今回のツアーでは大きな役割を果たしてくれた。それは、無理なスケジュールの中での運転ということ、いつもながらの朝食を作ってくれたり体を動かしての貢献、それもあるけれど、彼がいるだけで、日本チームもアメリカチームも、なんだか場がなごんでしまうという、皆に愛されるキャラクター、その意味で、今回の愛知ツアーは、まさにジェイクの独壇場だった。
今回のXTJは、終始「Sikaツアー」かと思われたが、終わってみれば、少なくとも愛知に関しては、ジェイクツアーだったということだ。
彼もまだまだドラマーとしては足りない部分がいろいろとあるが、演奏だけでなく、いろいろの面を考えると、彼はなかなか頼もしい。
最近じゃステージでも「ジーザスにまかせておけば大丈夫」とか、いっぱしなことを言うようになった(笑)
やはり、この3人でなければいけないのだと、俺はそう、改めて思った。
 
 
 
その他、みどりさんを始め、アーティスト以外にも、運営で関わっていただいて、ご助力いただいた方々、皆さんにお礼を言いたいと思います。
 
あと、あれだ、うちの嫁さんは、本当によくがんばったと思います。
 
 
 
6: 今回のアメリカチームの講評
 
上記したように、今回アメリカから来日した2組のアーティスト、SikaおよびFiliaは、どちらも音楽的に非常に高い実力を持ち、また日本人にはない美麗なルックスを持ったアーティストだった。
その結果、各地での演奏はいずれも好評となったが、僕(中峰)の判断では、彼らは決してクリスチャンアーティストではなかった。(というか、彼らも自分たちで「俺たちはクリスチャンバンドではない」と言っていたけれど) そしてまた、「エクストリームツアー」のアーティストでもなかった。彼らは純粋に、「ロサンゼルスはハリウッドから来たイケてるバンド」だった。
確かに彼らのうち何人かは実際にクリスチャンかもしれない。けれども、彼らは断じてクリスチャンアーティストではなかったし、また、彼らの言動を見ていて、クリスチャン的なものを感じることもなかった。(終盤の愛知ツアーでは、幾分改善された)
 
彼らは、良くも悪くもハリウッドから来たバンドという感じで、率直に言えばやはり悪い意味でハリウッド的な言動が目立った。
つまりは神のための伝道ツアーを行うことよりも、自分たちがバンドとして成功やスポットライトを求める気持ちの方が強かったように思う。
 
また、運営側(中峰夫妻)としては、彼らの希望や要望を出来る部分に関しては受け入れ、手助けするように努力したが、それにも限界があり、また、歩み寄る努力はしたものの、結局最後まで、一緒にXTJを行う仲間としての、信頼関係は最後まで築くことができなかった。
 
これは一方的に彼らが悪いというわけではなく、日本に来るアーティストの人選がアメリカ任せであること、また、来日するために費用が必要なため、日本に来れるアーティストの人選がかたよってしまうこと、など、いろいろの背景の事情があると思う。相性の問題もあるかもしれず、そのあたりは運営する中峰夫妻の能力や適性の限界と思ってもらっても構わない。そう思うのであれば、ぜひ来年以降、運営を任せられる人に任せたいと思う。結局のところ、アーティストでありながら、運営も行うというのは、非常に難しいことなのだ。(脳みその使う部分が違う)
 
彼らは音楽的には、二組ともかなり高いレベルにあったが、その音楽的な分析と講評については、後述の個人的な感想の中で述べたいと思う。
 
また、ドラマーのアンドリューと弟のイアンが、家を売ってまで日本に来たという話が、一人歩きしてかなり広まっており、クリスチャントゥデイの記事にも載ってしまった。つまり、「家を売ってまで日本にキリストの福音を伝えに来た」という意味合いで。
夢をこわしたくないし、かならずしも完全に間違っているわけではないので、そのままにしておいてもいいのだけれど、この件にはやはり、真相がある。
それは、最終日に彼らと話していて明らかになったものだ。いや、飲みながら話してたんだけど、最終日の夜に、腹を割って話そうと思って。
真相を聞きたい人は、後で個人的にこっそり聞いてちょ。
 
彼らは「要求してくるタイプ」のアーティストだった。
そして、要求することについて、それが当然だと思っているタイプの人たちだった。
それは、アレクセイのビザの申請や手続きの件で、彼とメールをやりとりしている時からなんとなく感じて不安に思っていたことだった。
日本ツアーをめぐる厳しい状況や、アメリカとの違い、それでも最善を尽くしているということは、ツアーの最初に時間をとって(書類も用意して)説明したが、やはりツアーが進むにつれて、運営側に「いろいろと要求してくる」ことが多くなった。
そして、こちらからの要望については、逆に文句を言ったり、なぜだと理由を聞いてくる場面が多かった。そこには、The Extreme Tourでもっとも大事だとされる(と、俺はそう聞いている)Obedience(神への従順)は感じられなかった。
 
もちろん、彼らが無事に来日してくれたからこそ、今年もXTJが出来たのであり、最低限、彼らはきちんと仕事はしてくれたのだ。その意味では感謝の気持ちは持っているつもりだけれど、信仰の部分や、精神性、スピリットの部分、そこのところは、やはりどうしても、譲れないところであった。少なくとも、俺としては。
 
彼らは典型的なアメリカ人の部分も多かったが、学習は早く、日本の環境への適応も早かった。
電車の乗り方もすぐに覚えたし、当初こそ時間にルーズだったが、何度か言った後は、行動の上で時間に遅れることもなくなった。その部分はしっかりしていたというか、work ethicの部分では、優れていた面があったことも明記しておきたい。
 
ていうか、やっぱり一言、文句としては、
Sika、リハーサル、サウンドチェックに時間使い過ぎ、っていうか、タイムテーブル上でリハーサルの時間が60分あったとしたら、SikaとFiliaで75分かけてしまうとか、そういうのは、まじやめてほしい。俺らリハーサルやれんじゃんよ。
 
俺らが今まで見てきたアメリカのバンドって、リハーサルなしで演奏するバンド多かったのよ。え、今日サウンドチェックあるの、ラッキー、みたいな感じで。アメリカってそういう場所だと思ってた。だから、こんなにサウンドチェックに時間かけるアメリカのバンドは初めて見た。で、俺、それは、ロックバンドとして、あんまりクールじゃないと思う。
 
どうしても不満ばかりになってしまうのでここまで(苦笑)
 
 
 
7: 来年以降への課題
 
XTJについては、日本での開催ということについて、上記の2で述べたような問題点があるわけだが、そのうち、日本の住宅事情とかキリスト教をめぐる状況に関しては、急に変えるってわけにもいかないので、運営の面で改善したいと思っている点がいくつかある。
 
まず第一にしたいと思っているのは、アメリカ側とのより密接な関係と、理解を求めることだ。
そしてその上で、日本で行うツアーに関して、日本側でより主導権を取って行うことだ。
 
来日するアーティストについて、アメリカ側に人選をまかせっぱなしにするのではなく、日本側でより主体的に選べるようにしたい。
いちばんいいのは、自分がImari TonesでアメリカのThe Extreme Tourに乗り込んで、一緒にツアーして仲良くなった上で日本に来てもらうことだ。これなら、スピリットは伝わるし、事前にコミュニケーションも取れるし、人間的にも知った上で日本に呼ぶことができる。だが、それができないからこそ2014、2015と苦労してきたのである。どうにか良い方法を見つけなければいけない。
 
そして、日本でのツアーについて、アメリカ側により、きちんと理解してもらうことだ。事前に何の知識や準備もなく日本に来るのではなく、日本がどういう場所で、日本のキリスト教をめぐる状況がどうで、日本でのエクストリームツアーはどういうものなのか、きちんとわかった上で、それにふさわしい「神の戦士」に来てもらいたいのだ。
なぜなら、ほとんどのアメリカ人、ほとんどのアーティストは、日本について勘違いしているのである。そんな勘違いしたまんまで来てもらっちゃ、こちらとしては、めっちゃ困るのだ。
だから、日本はこういう場所だ、日本ツアーはこういう状況だ、かなり厳しいんだぜ、ということをきちんと説明した上で、それでも日本に神の愛を広めたい、という「選ばれた戦士」に、日本に来てもらいたい。贅沢か?
 
そして、日本のXTJに関わる人たちにも、アメリカのエクストリームツアーの状況を見てもらいたい。そして、お互いに学び合うことができればと思う。
 
俺は、現時点で、正確には、6月頃に今年のXTJの準備に本格的に取り掛かった頃から、来年はナッシュビルに行くべきかな、と思い始めている。それはつまり、5月に行われるThe Extreme Tourの最大のイベント、The Objectiveに参加するためである。
 
The Objectiveを訪れ、The Extreme Tourの関係者たちに会い、そこでまた日本の状況をプレゼンテーションし、PRすることで、これからのXTJをめぐる状況を改善できればと思っている。
 
もし改善できないのであれば。
理解が得られないのであれば。
無理っぽければ、俺はもうやらん。
なぜなら、「無理無理」と皆が口をそろえたことを、俺は3度もやった。3年連続で。けっこう、生活は、きつかった。バンドマンとして。
だから、3度もやったんだから、俺はもう、投げ出しても文句は言われんはずだ。
 
そして、そのように俺はもう限界であるので、かわって中心となって運営に携わってくれる人を、探さなくてはいけない。
 
そして、その、中心となって運営に携わってくれる人たちと一緒になって、ナッシュビルとか、行って、向こうのエクストリームツアーの関係者と会うことができれば、それがベストだな。
 
 
8: 与えられた聖句
 
今回のツアーを計画し始めた頃。6月とか7月のあたり。今年は駄目かな、今年は無理なんじゃないかな、とか思っていたとき。ちょうど考えている時に、部屋のはしっこに無造作に置いてあったうちの嫁さんの聖書(新改訳)がぽとんと落ちて、ページが開いた。開いたページは、新約聖書の「第二コリント 13章」。そこを見ると、「わたしがあなたたちのところへ行くのは、これで3度目です」とか書いてあるもんだから、うわ、これは3年目となる今年のXTJに与えられた言葉だ、と思って、この2コリ13章はこのツアーのテーマになった。
 
ツアーを計画している段階では、きっとこう書いてあるからには、今年もXTJは出来るんだ、そして、きっと素晴らしいものになるんだ、と勇気づけられた。
 
そして、ツアー中には、いろいろとトラブルが起こったとき、そうだね、これは敢えて書く必要はない。それぞれが解釈して感じてもらえばいいだけだ。ただね、運営していた俺としては、彼らにメール書いて送ったんだよね、「僕がこれを書いているのは、ツアーを壊すためではなく、救うためだ」って。その後にこの章読んだらさ、同じこと書いてあるじゃない。「わたしがこのようなことを書き送るのは、主に与えられた権威によって、壊すためではなく、築き上げるためだ」って。偶然だったけど、指針になったよね。
 
そしてツアーを終えた今、またこれも、それぞれに感じ方があるから、具体的には書かない。けれども、ひとつだけ書くとすれば、それは、アメリカからわざわざ参加してくれたSikaとFiliaの名誉のために書くのであれば、さんざん彼らを批判するようなことを書いたけれども、彼らは決して、The Extreme Tour Japanのアーティストとして、不適格者ではなかった、ということ。彼らには確かに、このXTJに参加する資格があり、だからこそ彼らは日本に来たのだ、ということ。だって、書いてあるじゃない、ここに、「あなたたちは失格者ではない」って。
 
んでもって、互いに励まし合って、思いをひとつにして、平和を保ちなさい、って書いてあるんだよね。
やれるだけのことはやったと思うよ。
そして、上記したように、俺1人ではやれなかったさ。
 
 
でね、ツアーの日程が終わって、彼らを見送った後、カフェに入ったらそこにマザーテレサの本が置いてあった、っていうのも出来過ぎなんだけれど(その意味は、メッセージは、もちろん自分にとっては重要なことだった)、
もういっちょ、神さんからのしめくくりの言葉がないかな、と思って、さっき、聖書をひょいっと、放ってみた。開いたページは、またも新約聖書、第一コリントの15章。またかよ、パウロさん。
 
この1コリ15章をもって、3年目のXTJ、XTJ2015のしめくくりの結論としたいと、俺は思います。
 
 
“「彼は万物をその足の下に従わせた」からです。ところで、万物が従わせられた、と言うとき、万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。”
 
“しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自身に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。”
 
“兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、誓って言えることです。”
 
“もし、私が人間的な動機から、エペソで獣と戦ったのなら、何の益があるでしょう。もし、死者の復活がないのなら、「あすは死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか」ということになるのです。”
 
“すべての肉が同じではなく、人間の肉もあり、獣の肉もあり、鳥の肉もあり、魚の肉もあります。
また、天上のからだもあり、地上のからだもあり、天上のからだの栄光と地上のからだの栄光とは異なっており、
太陽の栄光もあり、月の栄光もあり、星の栄光もあります。個々の星によって栄光が違います。
死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、
卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、
血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。”
 
“兄弟たちよ。私はこのことを言っておきます。血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。”
 
“しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた」としるされている、みことばが実現します。”
 
“しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。
ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。”
 
 
(Part 2に続く)
 
 
 
 
 
 
 
 
Part2 (ここからが本当の総括と感想)
 
 
The Extreme Tour Japan 2015の感想と講評です。
Part1から続きます。
 
Part1はこちら。
 
けっこうきついこと書いてるんで、
今回のエクストリームツアージャパンで、楽しんでいただいた方、
アメリカチームの人たちと仲良くなった方、
夢を壊すようなこと書いてるんで、嫌だなと思ったら、
ぜひ読まないことをおすすめします!
関係者向けの反省と講評の文章です。
やたら長いです。
 
 
再び注意: もしあなたがこれをグーグル翻訳などの自動翻訳サービスを使って読んでいるのなら、私はここに警告する。自動翻訳を信じないように。日本語と英語の間の自動翻訳は非常に難しいものだ。時折それは完全に逆の意味を指し示すこともある。ましてや、個人的なスタイルで書かれたこのような長く複雑な文章を翻訳するには、その背景や、細かいニュアンス、文化的な文脈の違いなどから、本当の意味を読み取ることは限りなく不可能に近い。もしあなたがここに書かれている文章の意味を知りたければ、音楽とキリスト教の両方に精通した信頼のおける日本人に頼むか、あるいは10年かけて日本語を自分で勉強することをお勧めする。
 
 
 
 
 
9: Imari Tonesナカミネタカヒロとしての偽らざる講評
 
 
今回のXTJ (The Extreme Tour Japan)の何がきつかったかって、
それはもう、ちょっと考えられないくらいだった。
 
過去に参加した、アメリカでのThe Extreme Tour、そしてThe Objective、そして日本で行ってきたXTJ、そのどれをも通じて、その期間中は、「神の祝福で溢れて、精神的に高揚する」のが通例だった。
 
ところが、今回の3度目となるXTJ2015、その期間中に、俺は、テンション下がりっぱなしで、気分は落ち込むは、気分悪くなるは、とにかくひどいありさまだった。あり得なかった。というか、あってはならない事態だった。
 
つまりは、神の祝福はどこに行ったんだ、と。
 
今回、日本に来たアーティスト、SikaとFilia。決して、悪いアーティストではなかった。実力は確かに十分あった。
それに、別に悪い奴らってわけじゃない。接してみれば、気のいい連中だ。
けれども、俺は、最後まで彼らと、仲良くなれなかった。信頼関係は築けなかった。
そして、それは、最後の日に、酒を酌み交わして話してみても、やはり仲良くなれなかった。(それは、アレクセイがビール愛好家で、日本のIPAを試してみたい、と事前にメールで言っていたため、ツアー日程が終わった最終日に、腹を割って話したいと思い、ビールをいっぱい買ってきて飲んだのだ。IPAも、がんばって探したよ。)
 
The Extreme Tourに参加するようなアーティストで、ここまで徹底的に仲良くなれない連中は、正直、初めてだった。
 
一緒に酒を酌み交わしてだめなら、それはもう、だめだってことなんだろうと思う。一緒にビールをたくさん飲み、話しても、話せば話すほど、がっかりすることばかりが彼らの口から出てきた。がっかりするようなこと、って言っても、俺は、別にかたくるしいクリスチャン的なことを言ってるんじゃないぜ。人として、男として、音楽家として、っていうことを言ってるんだ。
 
あるいは、俺の基準が厳しすぎるのかもしれない。
たぶんそうなんだろうと思う。
日本ってことに対して、XTJってことに対して、自分の中の基準がすごく高くなってしまっているのかもしれない。基本リベラルだと思っている俺が、自分の中にあるやたら堅い愛国心みたいのに気付いたのは、クリスチャンロックを自称してアメリカに演奏しに行くようになってからだ。俺は祖国のためにこれをやっているのか、と。
理想的な神の戦士が欲しい、そういうやつらだけ、日本に来てもらいたい、そんなふうに思ってしまっている。そして、そんなやつらは、実際にそんなにいるわけじゃない。
 
けれども、過去に俺がこの目で見て、そして一緒に演奏し、一緒に戦ってきたバンドたち、アーティストたちは、確かにその理想的な「神の戦士」たちだったんだよ。
演奏の出来とか、最新のスタイルとか、そういうことじゃない。そういうのとはまったく別のところで、彼ら「神の戦士」たちが演奏すると、祝福が溢れ、そして奇跡が起こった。それは、日本の社会ではふだんなかなか見られない光景で、なかなか見られないような人々とのふれあいとか、そういうことが行く先々で起こったんだ。
 
確かに俺たちがブッキングしたのは小さな会場の小さなライブばかりだったけれど、その小さなライブが、彼らと一緒にやることによって、奇跡に満ちた特別なものに変わったんだ。
 
今回来た人たち、SikaとFilia、演奏はどちらも非常にレベルが高かったけれども、なんかよくわからんその神の祝福が溢れる、そんな神の奇跡、その奇跡を目撃することは、ついにただの一度もなかった。彼らはただ単純に、「良いアーティスト」でしかなかった。そして、小さなライブは、単純に「小さなライブ」のままだった。
 
 
XTJには問題がある。金もない。予算ない。人的資源もない。教会のネットワークもない。支援もない。
だから、The Lacksにいくらもう一度日本に来てほしいと思っても、彼らのために飛行機代を出すわけにいかないし、昨年も、最後まで誰が来るかわからずに、結局Angelo (Gallery Cat)が一人で来た。
 
Angeloも、俺の意見では、なかなかに問題のある奴で、アーティストとしては文句なく素晴らしかったけれど、ツアーリーダーとしてはどうかな、人物としてはどうなのかな、というのが正直な感想だった。
だけれども、彼のステージ、彼の歌、彼のパフォーマンスの中には、間違いなくジーザスが居た。彼はステージの上で、自らの演奏の中で、そして自らのアーティストとしての生き方の中で、間違いなく自分自身の十字架を背負っていた。それがアンジェロのパフォーマンスの凄みであり、エクストリームなクリスチャンアーティストとしての彼の力量だった。
 
だが、今回の人たち(SikaとFilia)のステージや演奏の中に、イエス・キリストとその十字架を感じることは、ただの一度たりとも無かった。俺の意見では、彼らは十字架を背負ってはいなかった。
 
あるいは人によっては意見が違うかもしれない。
けれど、俺の意見では、彼らは決して、クリスチャンアーティストではなかった。そして、The Extreme Tourのアーティストでもなかった。
彼らは単に、ハリウッドからやってきたちょっといかしたバンドでしかなかった。
 
そして彼らの求めていたのは、単にバンドとしての成功だけだった。
それが俺には、正直、少しばかり、許せなかったね。
なぜなら、そんなことのために、俺は、いろいろと生活を犠牲にして3年間もこれをやり、また手間や費用をかけてロシア国籍のアレクセイのためにビザの申請をしたわけじゃ、ないわけだから。
だから、俺に言わせれば、彼らはThe Extreme Tourというものをわかっていなかったね。
 
なぜなら、The Extreme Tourは、ただの音楽ツアー、ただのバンドのツアーじゃない。The Extreme Tourは、God Centered、つまり神を中心にしたものなんだ。それをなくしたら、The Extreme Tourは死んでしまう。The Extreme Tourは、ただの音楽ツアーになっちゃいけないんだ。
 
 
アンジェロがどういった理由で、このSikaを日本ツアーに選んだのかはわからない。当初の6月頃は、二転三転していた。アンジェロの音楽の趣味の良さは、昨年一緒に行動してよくわかっているし、そこはお互い、わかっている。
けれども、最初は違うバンドを予定していたし、Filiaもそもそも来る予定じゃなかった。
現状の問題点として、日本ツアーは金がかかる。金のないバンドは日本に来れないんだよ。これは、良く無いことだ。
飛行機のチケットを自分たちで買わないといけないし、今年は日本側は予算ないぜ、って前提で、レンタカーや宿泊などの費用もかかる。クリスチャンのバンドには、教会のバックアップがあることも多いけれど、とにかく、金の無いバンドは除外されてしまうんだ。そして、こいつらはきっと金あるんだな、っていうのは、事前にメールのやりとりをしている時からなんとなく感じていたことだった。
 
けれども、ツアーが始まって、次第に彼らとの間に軋轢が生じてくると、彼らのことが信じられなくなってきた。
考えてみれば、Filiaは最初、アーティストとして来る予定は無かった。9月頃だったか、来日予定だったMagsという女性アーティストが体調を崩してキャンセルになり、その空いた枠に、ちょうどSikaのギタリストの奥さんだから、ということで、Filiaが入った。そして、なぜだかAngeloが来日の数日前に急に病気になって入院し、その結果、Sikaチームは、完全に身内だけで日本に来ることになった。ツアーリーダーのAngeloが不在で、誰も首輪をつける人がいない状態で、彼らは日本で、身内だけで好きにふるまえる状態になった。そのことに思い当たると、ちょっとなんか、怖くなったのも事実だった。
 
彼らはプロデューサーを通じてメジャーの音楽業界ともつながりがあるし、俺は彼らのプロデューサーの名前を思わず確認せざるを得なかった。結局、クロではなかったけれども、けれども彼らのプロデューサー、その所属する有名なバンドは、カリスマ的なリードシンガーが死んだことが90年代のロック界の事件として記憶されている。それも確かに事実だった。
 
俺はいろいろと心配になって、オオハラ氏にパラノイア気味に相談したりした。
もちろん、それはパラノイア的な心配性だったけれど、
けれども、決してそれは大袈裟ってわけじゃなかった。
問題は、この戦いが、どういう種類の戦いで、敵が、どういう種類の敵なのかを見極めることだった。
そして、攻撃が、どこから来ているのか。
それはもちろん、クリスチャンの人たちの言葉で言えば「サタンの攻撃」ってことになるんだけれど、
そのサタンの攻撃が、どこからどう来ているのか、それが問題だった。
 
いずれにせよその攻撃の種類と質を見極めて、その上で霊的な勝算の確信を持って僕はツアーの続行を決断し、結果的にツアーは成功を収めることができた。
 
けれども、その間にあったいろいろの水面下の霊的な戦いを、ただの心配性だった、とか、そういうふうに笑うことはできない。
 
ひとつ間違っていたら、やっぱりこのツアーは失敗していたのだ。
 
 
終わってから振り返ってみれば、このツアーは、今まで以上に、見事にいろいろなことが必然で、語呂合わせひとつとってみても、現実に符号していた。
 
昨年は猫が来たと思ったら、今年は鹿が来た、とかそういうほのぼのとしたギャグから、
ノブ氏の、「俺たちが馬で、お前らが鹿だ。一緒に馬鹿になろうぜ。」というMCのギャグや、
ワーシップソングで昨年に引き続き「鹿のように」を歌ったり、
そういうことからすべて、駄洒落だけでなく語呂が合っていた。
 
で、俺にとっては、Sikaは間違いなくこの3年目のXTJに送り込まれた刺客(Sikaku)であり、そして一歩間違えば「死香」になりかねなかった。
 
笑っちゃう話だけれどもだからこそ途中からこのツアーでの俺の目標は「死なないこと」になった(笑)
 
それでも笑うかもしれないが、事実、あれほど「日本チームに運転できるやついないからお前ら国際免許もってこいよ。少なくとも二人もって来い。」と何度もメールしていたにもかかわらず、蓋を開けてみれば彼らは一人も国際免許を取ってきていなかった。
そして、仕事の休みが取れなかったジェイクは、徹夜明けでかなり危険な状態で愛知までの運転をせざるを得なかった。俺は、どうやったらリスクが一番少ないか、を必死で考えていたけれど、いくら彼らに運転させろと言われても、免許を持ってきてないアメリカ人に運転をまかせるのだけは避けたかった。だったら休みながらでもジェイクに運転させた方が信頼できる。というのが正直なところだ。
 
とにかく、これ以上のトラブルを避けるためにツアーを中止しようかと真剣に考えていた俺とうちの嫁さんだったけれど、サタンちゃん(なんでも彼のせいにしても彼も迷惑だろうけれど)の攻撃にどう立ち向かうのが一番有効かと考えた結果、いちばん正面きって行くのが案外もっとも有効だろうと思い、予定どおりに残りのツアー、愛知遠征を決行することにした。そして、もしサタンの攻撃があったとするならば、その攻撃の最大の目的はこの愛知ツアーをやらせまい、ということだったのだろうと思う。なぜなら愛知ツアーは結果的にとても素晴らしいものになったからだ。
 
 
その決断の裏には、やはり仲間達のいろんな形での助けがあったと思うし、だからこそ今のXTJに関わってくれている日本のクリスチャンアーティストの皆は、皆、たのもしく、信頼できるやつらばかりだ。
そして、そんな信頼できる仲間がいることに、俺は非常に心強く思うのだ。
 
 
神さんの必然はだいたいそうだけれども、
答え合わせの時間は、ちゃんと用意されていて、それが最後の日の夜、彼ら、正確には飛行機が後発組のアレクセイ、アンドリュー、イアンの3人と一緒にビールを飲み交わした夜だった。
 
その夜のビール飲みながらの交流と会話の中で、彼らの行動や、音楽の中に感じていた違和感とか、いろいろなものの正体は、だいたい明らかになった。
そのことで俺は彼らを批判する気はないし、人を裁く立場にもない。音楽とかアートならなおさらだ。芸術は自由だからだ。
けれども、俺のパラノイア的な心配は、決してまったくの杞憂ってわけではなかったことだけはやっぱり付け加えておきたい。
霊的なあれこれ、精神的なあれこれは、やっぱり人の心の中にあるものであって、わかりやすく看板をかかげてるわけじゃない。
ただ、何を信じ、何を大切にして生きているのか、それはやっぱり、絶対にあるのであって、信仰っていうのはそれ以外の何物でもないと俺は思う。
 
だから、やはり俺は、彼らのことを「クリスチャンアーティスト」だとは絶対に思わない。
もし彼らをクリスチャンアーティストと呼ぶのであれば、Black Sabbathだってクリスチャンアーティストだってことになってしまう。それは、Black Sabbathが悪魔的だっていうことじゃなくて、その逆で、Black Sabbathみたいな一般的に悪魔的なイメージを持たれているバンドでも、実はキリスト教的なテーマの曲は歌ってるぜ、っていう意味においてだ。
 
俺にとって「キリスト者」っていうのは、人生の中で自分の十字架を背負って生きている人のことだ。
そして「クリスチャンアーティスト」っていうのは、自らの芸術を神に捧げた人のことだ。
 
そして、まあこのネタは広まってしまったのでPart1にも書いたけれど、もう一度書けば、アンドリューとイアンの兄弟が「家を売って」日本に来た、ということの真相もこの時に分かった。別に俺が聞き出したわけじゃない。俺がアンドリューに、「前の彼女とどうして別れたのか」ということを聞いたら、彼の方から話し出したんだ。
 
 
そう、アンドリューは素直なやつだ。
彼らとは仲良くなれなかった、と言ったけれど、俺は終始、アンドリューとは気が合っていた。
 
もちろん、ネイトとはギタリスト同士、それもメタル系のギタリスト同士、それから気難しい哲学者タイプのソングライター同士、いろいろと共感するところがあった。
そして、アレクセイとは、同じような美意識を持った(彼の方が20センチくらい足は長いけれども笑)シンガーとしての共感(同時に反発)があった。
 
けれどもやはりドラマーというのは癒し系なのか、うちのジェイクがそうであるように、アンドリューは利害関係の外でいつもニコニコしていて、癒し系のキャラだった。彼はステージですごく楽しそうにドラムを叩くもんだから、楽しく演奏することを旨とする俺としても、なんだか気が合って、彼の癒し系キャラにはかなり助けられた。
 
けれども、そんなチャーミングな彼だったけれども、やはりその夜、ビールを飲みながら話すと、ちょっと引いちゃったことがいくつかあったのも否めない。しかし、それで彼のことをより理解できたのであれば、それは収穫であり勉強だ。これが「クリスチャンのツアー」でなければ屁とも思わないことだろう。しょせん、俺はウブで潔癖性なクリスチャンのミュージシャンに過ぎない。
 
 
音楽的なことに話題を変えよう。
何度も書いたように、SikaもFiliaも優れたアーティストだった。
音楽的にも非常にレベルが高かった。
 
ノブゥ氏の言葉を借りれば、「日本人が憧れる要素を全部持っている」というように、彼らは、ルックスも美麗、なんというか、三木氏の言葉を借りれば「外タレ感満載」みたいな。
 
スリムな長身美形のアレクセイ、むさくるしい系の髭でメタルなネイト、そしてスキンヘッドでマッチョなアンドリュー、その三人が揃うと、メンバー的にはもうどうしようもないくらい魅力的なバンドだった。
 
彼らの最大の武器は言うまでもなく、明らかに、アレクセイの美しい魅惑のファルセットボイスだった。そして、ダンサブルなビート。
正直、インターネットを通じて初めて聞いた際には、よくあるMuseとかRadioheadのフォロワーにしか思えず、10年くらい前の流行りを未だにやってるな、という印象しかなかったのだけれど、実際に日本に来て生で見た彼らはそれ以上にプラスアルファの要素をいくつも持っていた。
 
はっきり言ってしまうと、Sikaについて、俺がミュージシャンとして(対戦相手として)本当に怖いなと思ったのは、アンドリューだった。アンドリューだけだった、というと語弊があるが、アンドリューは2年ほど前に加入したらしいけれど、今のSikaのサウンドのエンジンになっているのは明らかにアンドリューだと思う。最終日のCGNTVインタビューの際の「Sikaはこの1、2年で明らかに良いバンドになった」というイアンの言葉がそれを証明していると思う。
そしてもっと言ってしまえば、アンドリューは本当は怖くないんだけれど、アンドリューが同期のサウンドと合わさると、怖い存在になるのだ。
つまり言ってしまえば、アンドリューは単体では、パワーはあるけれど、リズムやグルーヴは甘いので、実はそれほど怖いドラマーってわけじゃない。
だけれども、今のSikaはバックトラックの同期を使っているバンドだから、バックトラックと同期して、クリックやダンスビートと合わせて正確なリズムと、彼のパワーが合わさると、非常に怖い無敵の状態になるのだ。
先述したように本当に楽しそうにドラムを叩く彼の、そのマッチョな体からたたき出されるビート、それが同期の正確なリズムとおしゃれなダンスビートと合わさったとき、現在のSikaはフルパワーを発揮する。
 
だから、Part1の方にもちらっと書いたけれど、バックトラックを多用するバンドとして、Sikaの演奏の迫力は、会場のサイズと、PAシステムの性能に比例する。彼らがサウンドチェックに異常に時間をかけてこだわるのも、そのあたりをよくわかっているからなのだろうし、良い会場、大きな会場での演奏にこだわろうとするのもそういった事情があるからだろう。そして、ひょっとすると、日本に来た理由のひとつもそこかもしれない。日本のライヴハウスは、どこも、アメリカの一般の「ベニュー」の基準からすると、きちんとした設備、照明、音響、そして優秀なスタッフを、そろえているからだ。
 
だから、PAシステムがあまり強力ではない、小さめの会場だと、Sikaのパワーは半減する。もちろん、彼らのアコースティックセットも十分に魅力的だし、そもそもアンドリューはカホンを叩くときでさえも非常にパワフルなのだけれど、それでも彼らの本領はやはり大きなPAシステムでダンスビートを効かせてバックトラックと同期した時だ。
 
だから、純粋にロックバンドとしてアンプの生音で勝負しなきゃいけないような場面だと、Sikaは対バンの相手として、実はそんなに怖くなかった。けれども、音響がしっかりした、大きなPAのある会場だと、これほど怖い「対戦相手」もいなかった。
 
バックトラックを使用して演奏することを否定はしないし、批判する気もない。そんなことは、今時のバンドならば、「みんなやっていること」だからだ。俺たちも、2009年に初めてアメリカに行った際、音楽業界で地位のあるとある牧師さんに「君たちもバックトラックを使って演奏し、そしてインナーイヤーモニターを使って演奏するべきだ」とアドバイスされたことがある。「大きな会場で良い演奏をするためにはそれが必要だ」と。
たとえばクリスチャン系のロックバンドであれば、Skilletの来日公演も見たし、Switchfootの来日公演も見たけれど、どっちもたくさんバックトラックを使っていただろう。そして、もっと言えば、日本のハードロックバンドで僕の好きなアースシェイカーも、近年ではバックトラックを使って演奏しているはずだ。
 
けれども、そのことでリハーサルに時間をかけ、他の出演者に迷惑をかけるのであれば、The Extreme Tourとしてはどうかな、と言いたくなる。
 
そういえばツアー前の準備段階で、アレクセイに「インナーイヤーモニターを持っていきたい」と言われた。「小さなライブばっかりだからたぶん使えないと思うよ」と答えたが、断っておいた良かったと思う。もし彼がイヤモニを持ってきていたら、Sikaのリハーサルに本当に毎回1時間以上かかっただろうから。(汗)
 
彼らのために一応釈明をしておくと、Sikaには昔、キーボードプレイヤーが居たらしい。そのキーボードプレイヤーは、非常に腕の良いプレイヤーで、キーボードでどんな速弾きも出来たそうだ。そして、Sikaの楽曲に、キーボード、シンセサイザーの音がたくさん含まれるのも、そのキーボードプレイヤーが居たせいなのだろう。そして、そのプレイヤーが脱退した後、キーボードの音を再現するために、彼らはバックトラックを使い始めたらしい。
けれども、上記のように、バックトラックの使用は、アンドリューのドラムと相まって、むしろ今のSikaにとってはアンサンブルの重要な要素となっているし、キーボードプレイヤーがもう一人いるよりも、今の3人で演奏する方が、おそらくは見た目的にもいろいろな意味でイケてるんじゃないかと俺は思う。
 
 
彼らのヴィジュアルについても触れておきたいのだが、先述のとおり、彼らは美麗なヴィジュアルを持っている。アレクセイは間違いなく美形だし、その魅惑のファルセットヴォイスも美しく、間違いなくバンドにとって武器になる。だけれども、Sikaの過去のビデオをYouTubeなどで見ると、そのヴィジュアルが、必ずしも生かされているとは言い難い。
これは、どういうことなのかと思案すると、そこにはいろいろな理由があると思うのだが、ひとつには、これは彼らが、自分で、自分たち自身の魅力をわかっていないのではないかと思うのだ。
ヴィジュアルについても試行錯誤していると思うし、過去のプロモーションビデオを見るとネイトがサングラスかけていたりしてちょっと笑ってしまうのだが、日本人の目からすると、スリムで長身、足が長くてイケメンのアレクセイとか、ヒッピー風の髭をはやしたネイトとか、でかくてマッチョでスキンヘッドのアンドリューにしても、まるで映画に出てくる外人のイメージそのもので、非常にかっこいい。けれども、案外と、アメリカで活動しているぶんには、彼らはその自分たちの魅力に気付いていないのではないかということだ。
そもそも彼らが今、拠点にしているのはハリウッド。そこは、言うまでもなく、美男美女がいっぱいいるに違いない(笑)
そういうところから、来たバンドなんだよね、彼らは。良くも悪くも。
そこのところの背景を考えないと、今の彼らの現状を理解できない。
 
アンドリューが言っていたが、彼は今回日本に来るまで、自分のことをパワードラマーだとは思っていなかったらしい。けれども、この日本ツアーの間、どこへ行っても「パワフルだ」と言われるので、なんだかパワードラマーとして自覚が目覚めてしまったらしい。それが、彼のプレイの新たな魅力を引き出すことになるのであれば、それは大きな収穫だし、ヴィジュアル面においても、日本に来て、日本人の目から見て初めて分かる「セールスポイント」というものを、より自覚して打ち出すことが出来れば、今後のバンド活動の指針になるのではないだろうか。
そういったものを、このツアーで彼らが得てくれたのであれば、いろいろなことの価値もあっただろうと思うのだが。
 
 
そうそう、音楽的な分析に話を戻すが、
最初に彼らの音楽を聞いたときには、「10年前の流行り」としか思わなかったし、若くて勢いのあるバンド、というよりは、経験を積んだ落ち着いたバンド、だと考えていた。
俺は彼らの音楽や演奏を聞いて、新しいことをやっている、とはまったく思わなかったが、何度も聞いていると、実は彼らの音楽は非常にうまく作られていて、そして、たとえ新しいことは何もなかったとしても、いろいろな優れたバンド、優れた音楽の要素をうまく組み合わせていて、結果的に非常に完成度の高い音楽を作り上げていた。
その「隙の無さっぷり」は、けっこう脅威だった。
 
前述したように、アレクセイの美形と麗しのファルセットヴォイス、ネイトの鋭角的なメタル要素、バックトラックのダンサブルなビートとキラキラ要素、そしてそこにアンドリューのパワーが加わると、けっこうそれは理想的な組み合わせになっていたのだ。
 
その点、彼らは間違いなく、良い状態で、たぶんバンドの歴史の中でも、ベストに近い状態で、勝算を持って日本に乗り込んできたに違いない。そして、音楽マニアであるアンジェロは、そんな彼らのイケてる演奏を聞いた上で、彼らを日本ツアーに適している、と判断したのだろうと思う。
 
そして、実際のところ、耳の鋭い音楽ファンならば、Sikaを見ても、これは新しい要素は無い、と考えるかもしれないが、現実には大多数の音楽ファンは、ここ10年間の流行の要素を組み合わせた音楽を聞いて、「新しい」と思う人の方が多いというのも現在の音楽をめぐる状況としては事実だと思う。
 
いろいろ含めて、日本の環境において、今回彼らは無敵だったし、彼ら自身もしっかりと勝算を持った上で、だからこそ「なんとしても日本に行きたい。それは僕たちにとって、とても重要なことなんだ。」と、アレクセイも言っていたのだろう。
 
そして、その「隙の無い完成度っぷり」、その向こうにある、今まで一緒にやってきた他のバンドたちには感じられなかった「何か」。その違和感の正体が、いまいちわからずに、僕は思案していたわけだけれども、最終日の「答え合わせ」の場で、その解答は得られたように僕は思う。
 
それはつまり、彼らが、アレクセイとネイトが、プロのテニスプレイヤーだ、ということなのだ。彼らはずっと、世界の高いレベルで、プロとしてテニスの試合を戦ってきた。
そして、アンドリューもまた、ジムのトレーナーだ、ということだ。
その要素こそが、Sikaの音楽を強力にしていた本当の要素だったと、俺は思っている。
 
Sikaの音楽的な講評についてはそんなところかなあ。
 
じゃあ、Filiaはどうかっていうと、うーん、そうね、省略。
 
ただね、Filiaさん、話してるととても人懐っこいし、イージーで気さくな性格の、チャーミングな女の子だと思うんだけれど、ステージペルソナはまた別の評価でね。
 
金髪で、ものすごい美人で、スタイルもよく、また、ものすごい上手い歌を歌う。
それがどれくらい上手いかっていうと、「この人、本当に歌ってるのかな。CDを流してるんじゃない?」っていう言葉を、ツアー中に何回か耳にしたくらいに上手い(笑)
いや、それはもちろん、ちゃんと歌ってました。
それっくらい上手いんです、歌が。
 
そして、ステージ上での演技も素晴らしく上手い。
確かに、クラシック音楽だけでなく、アクティング、つまり演技の経験もあるらしいから、上手いのも当然なのだけれど。
 
だけれど、これはソロアーティストとしての場数かもしれないけれど、細かいステージングとか、ちょっとした際に、ボロを見せることがあるのよ。そこは、プロ意識として、どうかな、と思うシーンがあった。ツアーも後半になると、そういった場面は少なくなっていったけれどね。
 
そして、Filiaさん、すごい美人なんだけれど、その美しさを、美しいと思えない時が、むしろその逆に思えてしまう瞬間が、時折あって。
俺は、二度見たら、正直飽きてしまったかな。
 
二度見たら、もう、美人だとは思えなくなったよね。
あるいはこれは、俺が日本人だからかな。
そんな感じ。
 
 
 
10: 演奏上の戦い
 
このツアーを準備していた直前の時期、10月の後半、俺は、体調を崩していた。体調だけでなく、精神の調子も崩していた。つまり、心身の調子を崩していた。こんなことはひさしぶりだ、ってくらいに気分が悪く、ストレスがたまっていた。普段の仕事っていうかバイトも、するのがつらい状態だった。
 
XTJに来日予定だったMagsは体調を崩してキャンセルになり、そして直前にAngeloも急病で入院した。10月の後半から、俺がずっと体調を崩して、調子が悪かったのも、俺は決して、偶然とは思わない。
 
そして、そのように心身の調子が悪いままで、俺はこの3年目のXTJに臨んだ。
心身の調子が悪いから、俺はこのツアー中、無愛想、というか、やな奴でいさせてもらうぜ、どうか理解してくれよ、っていうことは、アメリカチームが到着したその日にすでに説明というか宣言した。
 
ツアーが始まり、前半戦の山場、新宿Merry-Go-Round。
舞台裏で俺は、死ぬほど苦しんでいた。
 
なぜか。
精神的に、ひたすら落ちていた。
そして、それを乗り越えて演奏しなくちゃいけなかった。
 
Sikaの演奏も、Filiaの演奏も素晴らしい。
だけれども、それくらいに素晴らしい演奏を聞かされれば、普段ならば、自分のテンションはどんどん上がってくるはずだった。ましてや、それがクリスチャンアーティストの演奏であればなおさらだ。霊的に、スピリットが高揚して、うおお、と、興奮してどんどん元気になるはずだった。それがない。彼らの演奏には、これだけレベルの高い演奏なのに、そのスピリットの高揚が感じられず、むしろ気分はどんどん落ちていくだけだった。寒気がしてくる。震えがくる。何かの攻撃を間違いなく受けていた。こんな状態で、演奏できるはずがない。
 
ここまでツアーをやってくる中で、彼らの演奏の中に、クリスチャンバンドとしてのメッセージがほとんど無いことは分かっていた。それはそれで、別に問題はなかった。だけれども、これはあまりにも悲しかった。The Extreme Tourの演奏なのに、霊的な高揚がまったくない。むしろ、その逆の状況になっている。いったい、これは何だというんだ。The Extreme Tourのイベントなのに、イエスさんに演奏をささげる、そのメッセージを叫んだのは、最初に演奏したPeter’s Chicken Partyだけだった。(別に儀太郎さんは悪くないっす) 俺はめちゃくちゃ悲しかった。いったいこれは本当にThe Extreme Tourと呼べるのか。
 
この状況を打ち破るには、それは簡単だ。自分のバンド、Imari Tonesで、神に捧げる演奏をすればいいだけだ。
だがそれが出来るだろうか。
この心身の状態で。
今の、この冷えきったこの魂の状態で。
 
俺は、いろんなことが許せなかった。
何がって、それはもう言わなくてもわかってほしい。
新宿Merry-Go-Roundは小さなハコだったが、WildSide Tokyo系列の優秀なスタッフのおかげで、音響は素晴らしく、Sikaもツアー前半戦で最高の演奏を披露した。
 
俺が、キリストにこのイベントを捧げるためには、Sikaを上回る演奏をしなければならない。
普段ならそれも出来るだろう。
だが、今のこの心身の状態で、今日のこの精神状態でそれが出来るか。
 
前日にはEl Puenteでライブを行っていた。
PAシステムがそれほどパワフルではなく、生音重視のプエンテの環境で、ぶっちゃけ、Sikaはそれほど手強いバンドではなかった。
それにその日は、俺はジーザスモードでの出演。ギターを弾くだけで良かった。それに、その日、演奏を神に捧げるという役目は、B.D.Badgeがしっかりとやってくれた。
 
だが、今日は、俺は歌わなくてはいけない。
Imari Tonesの、自分のメッセージを、自分で歌わなくてはいけない。
ギターを弾くだけならまだしも、歌うことは、ハードルが高すぎる。
(ましてや、やたら難しいギターと、やたら難しいハイトーンヴォーカルを、両方やるんだぜ、Imari Tonesは。)
しかも、当日のリハーサルの感触は最悪だった。
 
分かってくれなくてもいいけれど、
演奏前の数時間、俺は本当に絶望していた。
 
そして、俺はステージに上がった。
体はがたがたと震えていた。
すごくつらかった。
そして、だからこそ、自分が何をやらなければいけないのかは、神さんが教えてくれた。
 
こんなことが、いつもできるわけじゃない。
今回出来たのだから、次回もできる、なんて思わないで欲しい。
 
この日、俺が、Imari Tonesとして、ちゃんと演奏できたのは、
奇跡以外の何物でもなかった。
 
その証拠に、
俺は、その日のイベントを終えて、家に帰りついた瞬間に、
ぽろぽろと涙がこぼれだして、止まらなかったんだから。
「ああ、ちゃんと演奏できた」
って、それだけを思って。
 
演奏する直前まで、俺は絶望していた。
けれども、最初の曲をどかんと鳴らしたその瞬間、
俺は最高に幸せだった。
そして、それはその場にいるみんなに間違いなく伝わったはずだ。
 
天国を、この場所に作り出す。
神の国を、ここに作り出す。
そう、神の国は、僕たちの間にあるものだ。
それを証明するのが、クリスチャンロックなんだ。
 
俺たちの演奏が終わり、
俺は自分の仕事をきちんとやり遂げたことを知った。
 
上から神の祝福の光が降り注ぎ、
そして、皆でワーシップを歌い出した。
 
それは、俺たちがアメリカで何度も経験した、
The Extreme Tourのワーシップそのものだった。
 
本国アメリカの、The Extreme Tourで、何度も味わった、
このありえない祝福と、高揚感と、神の光が、
皆の歌うワーシップを通じて、新宿Merry-Go-Roundに降り注いでいた。
 
それは、この3度目のXTJの中でも、間違いなく、俺たちの勝利の瞬間だった。
 
 
 
同様のことは、蒲郡で行った、国際クリスチャンバプテスト教会でのコンサートでも起こっていた。
それは、純粋に音楽を通じた、アーティスト同士だけが理解できる、霊的な何かだったかもしれない。
 
地の利っていうのがどっちにあるかはわからない。
外人だから、有利なのか。
日本人だから、友人たちが居るから有利なのか。
その意味では、この愛知県の教会での演奏は、より、フェアな対決だった。
なぜなら、この遠征の地で、この教会に、僕たちの友人がいるわけじゃない。
互いに初見の、フェアな対バンだったからだ。
 
はじめは不安定だったSikaの演奏は、次第にバックトラックと、アンドリューのパワーが効果を発揮し始め、
Sikaの演奏で会場は皆、踊っていた。
俺は会場の上の育児室で、ひたすら祈っていた。
でも、イアンが来て、カーテンを開けてみせると、会場の皆が踊ってるのが見えた。
あっちゃ、これは駄目だな、これはもう、俺は今日は、まともな演奏できないわ、と思った。
 
周囲はどう思っていたにせよ、俺は無理だった。
 
でも、俺は、クリスチャンロックっていうのは、どういうものなのか、見せなきゃいけなかった。
そして、そこに、勝ち負けとか、限界は無かった。
まったく関係なかった。
 
そして、そう、フェアな勝負っていうのは嘘だ。
なぜなら、その日のライヴ会場には、俺の大事な人が、一人、応援に来てくれていたからだ。
なぜ、って、ほら、愛知県は、俺、一応、地元だからさ(笑)
 
ピアノ教師をしていて、俺に音楽の才能を与えてくれた、その人。
その人に、自分の演奏を見てもらうのは、たぶん10年ぶりくらいのことだった。
 
そして、それだけで、俺にとって、その日の演奏は十分に意味のあるものだったんだ。
いい演奏を、その人に見てもらいたかったんだ。
だからこそ、状況はどうあれ、俺は勇気を持って、本気の演奏をすることが出来た。
 
だから、これはまったくフェアな勝負でもなんでもない。
最初から勝っていた。
そもそも俺は、三河弁でMCがしゃべれたしな。
 
あれだけSikaの演奏で盛り上がってダンスしていた客席。
時間も押して、数は減っていたかもしれない。
けれども、ステージ前で、熱く拳を振り上げて熱狂してくれる皆さんの熱は、決してまったくSikaのステージの時に負けていなかった。
なんちゅう素敵な教会やねん(笑)
 
公平なジャッジはわからない。
見る人によって、評価は変わる。
そもそも、それが音楽であり、芸術だ。
 
けれども、新宿のことを言ったら、「ナカミネさんの一人勝ちでしたよ」と言ってくれた仲間が居たし、また蒲郡においても「トータルで全然負けてない」と言ってくれた仲間が居た。
ありがとう。
ございます!
 
俺の中では、もちろん勝ちである。
少なくとも、引き分けに持ち込んで、大事なものを守り切ることは、最低限、まちがいなく出来た。
 
野外での演奏は、彼らに花を持たせたつもりだ。
そもそもがこのツアー全体を通じて、彼らに花をもたせている。そういうツアーだからだ。
アメリカのアーティストの、外タレパワーを利用して、日本のクリスチャン業界の閉塞した状況を打破し、エクストリームな伝道活動を行う、それこそがこのXTJの趣旨だからだ。
 
だけれども、いろいろと乱れた、完璧でない演奏であったとしても、それらの野外の演奏を通じても、きっと、見せることのできたものがあっただろうと、俺は思っている。
 
誰に見せる、って、それは、もちろん、愛しい日本の仲間たち、
日本の人々、知ってる人、知らない人、素敵な日本のクリスチャンの方々、
そうでない方々。
 
そして、何よりも、誰よりも、今回のアメリカチームの人たちにこそ、彼らにこそ、このメッセージを見て、そして受け取ってもらうためだった!
 
完璧でなくてもいい。
身を以て伝えるんだ。
そのことを。
 
俺たちは決して完璧じゃない。
けれど、完璧じゃない俺たちを、完全なものにしてくれるのは、
それは神なんだ。
キリストなんだ。
それを見せてみろ。
俺は、演奏を通じて、彼らにそうメッセージを伝えていた。
そのつもりなんだ。
 
愛知ツアーを通じて、
ちっとは彼らも、ボルテージが上がっただろう。
飛び跳ねたり、頭を振ったり、していただろう。
願わくば、これをもっと早くやりたかった。
そして、もう少し、これを続けたかった。
彼らに伝えるために。
やっぱ、Imari Tonesで俺が、自分で伝えんといかん!
 
 
彼らは間違いなく、対バンの相手としては手強かった。
もちろん、過去に一緒にやったバンドの中には、もっとすごいやつら、もっと素敵なやつら、いっぱいいる。
俺は、彼ら以上にすごいバンドなんて、いくらでも知っている。
だけれども、この状況で、この日本のXTJで、拳を交える相手としては、間違いなく最大限に手強い、やりにくい相手だった。
間違いなく彼らは俺たちに向けて放たれたSikaku(刺客)だった。
 
だが俺たちは戦い切った。そして守り切った。
 
そうね、どれだけ手強かったかって、
俺たちの現状の必殺曲、Faith Rider、Jee-Youだけでなく、未完成の新必殺曲”Repent”まで繰り出して、ようやく薄氷の勝利、ないしは引き分けだったっていうんだから、それはそれは苦しい戦いだったでしょうよ。
 
もっとも、時期尚早ながらも無理矢理に繰り出した”Repent”が、完成していたら、もっと楽に勝てたかもしれない。
 
けれども、現時点での必殺技を、惜しまずに繰り出しての勝利だったことに違いはないんだ。
 
 
そんなふうなやばい勝負だったけれど、神さんがくれた言葉は、違ったんだぜ。
俺が、演奏前に、ナーバスになって、精神的に消耗し、とても演奏できない、と思っていたとき、神さんがくれた言葉はこれだったんだ。
 
「案ずるな。役者が違う。」
 
役者が違ったらしいんだぜ。
演奏とか、ルックス云々言う前に。
 
そういことらしいぜ。
よく覚えておいてくれ。
 
間違いなく、俺は守り切った。
このThe Extreme Tour Japanを。
そして、神の名誉を。
それはほんの、小さなローカルの話であったとしても。
 
こんな栄誉は、あんましないぜ、
でも、
ふらふら、
死にそうです(笑)
 
 
 
 
もうひとつ偉そうに書かせてくれ。
それは、これは防衛戦だったということだ。
それが、挑戦者としての、攻めていく戦いだったら、それは簡単だったと思うんだぜ。
なぜなら、それは奪うだけ、勝ち取るだけの戦いだからだ。
俺たちもアメリカに乗り込んで演奏するときは、そういう感じだった。
けれども、今回の俺たちの戦いは、防衛戦だった。
何かを守るための戦いだった。
そして、防衛ってのは、すなわち、チャンピオンとして勝たなきゃいけないってことだ。
チャンピオンが、防衛するためには、ただ勝てばいいってものじゃないんだ。
それ以上のものを、見せなきゃいけないんだ。
勝ち負けすらも越えたところにある、何かをね。
つまりは日本の言葉で言えば、横綱相撲ってことだ。
今回、初めてそういうような立場に立って、「受けて立つ」戦いが出来たことに、俺はバンドとして、ミュージシャンとして、ひとつ大きな勉強と経験が出来たように感じている!
 
 
まあ終わってみれば、運営の面でも、演奏の面でも、「鹿のフン拾い」に徹したツアーだったということで(笑)
 
 
 
10: SIKAへの手紙
 
 
アレクセイ、君は確かに言った。
音楽は、競争するものではない、と。
それはその通りだ。
 
だけれども、音楽は競争ではないということを証明するために、
僕が君たちを上回る演奏をする必要があったとしたら、
それは何と皮肉なことだろう。
 
僕は、音楽は競争ではないということを、
君たちに知ってもらうために、
君たちと競争したのだ。
 
そして、必要な場面ではきちんと、勝ってみせる必要があったのだ。
その結果は、君たち自身が身を以て感じていることだろう。
 
アレクセイ、君は言った。
僕は、一生テニスを教えるだけで生涯を終えるのは嫌だと。
そんな人生は時間の無駄だと。
 
俺はそうは思わない。
君は、自分が思っている以上にテニスプレイヤーなのではないか。
もし、君が、そしてネイトが、プロのテニスプレイヤーでなければ、
僕は君たちの音楽に脅威を感じなかったはずだ。
 
君たちの、そのスポーツ選手としての戦略に、発想に、ストラテジーに、work ethicに、勝負強さに、そしてその強靭な身体性に、僕は他のバンドにはない脅威を感じたのだから。
 
 
アレクセイ、君は、俺が「音楽には何の夢も持っていない。少年の頃からそうだったし、今でもそうだ。」と言ったとき、驚いて、あきれていた。
だが俺は君に伝えたい。
音楽家とは、音楽をやりたくてたまらない人のことを言うのではない。音楽家とは、たとえ音楽から目を背けたくて、音楽から逃げ出したくてたまらなかったとしても、それでも音楽に向き合わざるを得ない人間のことを言うのだ。
ちょうど君が、やりたくてテニスをやっていたわけではないのと、同じことなのだよ。ネイトは君のことを、素晴らしいテニスプレイヤーだと言っていた。君には才能があったのだろう。君はきっと、自分が思っている以上に、良いテニスプレイヤーなのだ。そして、君のそのテニスプレイヤーの部分を、捨てることはない。君の音楽のためにも、だ。
 
 
アレクセイ、君は、僕が「僕の夢は静かに平和に普通の暮らしをすることだ。それが最大の夢だ。」と言ったとき、あきれて笑っていた。そして、君は「U2のようにビッグになるのが夢だ。」と言った。僕もあきれて笑った。けれども、それは、君の夢が大きいから笑ったのではない。僕は、君がその程度の小さな夢しか、音楽に抱いていないことを笑ったのだ。芸術家とは、そして、クリスチャンアーティストとは、もっと大きな夢を抱くものなのだよ。なぜって、俺の夢は、天の国における成功なのだから。もっとちゃんと、時間をかけて話すことができたらよかったと思う。でも、それはきっと、またの機会にね。
 
 
アレクセイ、君は言った。
テニスやスポーツは勝負の世界だ。だけれども、音楽は勝負は関係ない。たとえ技術がなくても、センスや方向性で勝負することが出来ると。
それはその通りだ。
だけれども、君が音楽や芸術のことを、スポーツのような絶対的な基準が無いからより簡単だと思ったのであれば、それは間違いだ。
スポーツであれば、勝負の勝ち負けは明白だ。そして記録の数字も明白だ。
どうすれば勝ちで、負けなのか、誰の目にもわかる。
だけれども、音楽は、そして芸術は、どうすれば勝ちで、どうすれば負けなのか、それすらもわからないのだ。
何をしたら勝ちで、何をしたら負けなのか。何が正しくて、何が間違っているのか、何が目的で、何がゴールなのか。それすらも自分たちで選び、歩まなければいけないのだ。
それは、ある意味、スポーツの世界よりも、もっと厳しいものなのだよ。
そして、その何が正しくて、何が間違っているのか、それすらもわからない世界に、確かな光を照らすことができるアーティストこそが、クリスチャンアーティストだと俺は思っているんだ。クリスチャンアーティストは、音楽を通じて、それを感じ取り、表現しなければいけないんだよ。
 
 
そしてアレクセイ、もうひとつだけ伝えよう。
君は、テニスを教えて生活するのではなく、24時間ずっと音楽を演奏していたいのだと言った。テニスを教えて生活することには、もうまっぴらだと。そのことに僕は文句をつける気はない。けれども、君が、君のやっていること、君の生きている人生について、そのように不満に思っているのだとしたら、僕はそれはとても悲しいことだと思う。君に伝えたい。芸術家というのは、24時間、芸術を作り続けている人のことを言うのではないのだ。芸術家というのは、その人の生きているすべての瞬間そのものが、芸術である、そんな人のことを言うのだよ。その人の人生そのものが、24時間、すべて芸術であり、音楽である。そんな人のことを、音楽家と言うのだ。だから、もし君が音楽家たらんとするのであれば、そう願うのであれば、すなわち、テニスをしている時間も、君の音楽なのだ。
 
 
ネイト、同様に、僕は、君がテニスプレイヤーでなければ、そして、優秀な経営者でありビジネスオーナーでなければ、君たちの演奏に脅威を感じることはなかっただろう。君は優秀な戦略家だ。だが、音楽には戦略以上の何かがあることを、僕は伝えたかった。たぶん、きっと、伝わっているんじゃないかと思う。きっと、ほんのちょっとだけだったとしても。そして、ギタープレイヤーとしては、それは、いろいろとあるけれど、企業秘密だ。教えないでおこう。(笑)
 
 
アンドリュー、同様に、僕は、君がジムのトレーナーでなければ、そして薬の売人でなければ、君のドラミングに脅威を感じることはなかっただろう。僕は君のそんな危ういところにも魅力を感じている。だけれども、僕は君に、Obedience(従順)ということを伝えたい。より大きなものへの従順を学んだとき、きっと君の中にある怒りも、君に対して従順になってくれるだろう。そして、それはきっと、君の中にある「より良い部分」を生かす道を指し示してくれるはずだ。あとは言いたいことは、自分自身のグルーヴをちゃんと確立しろ。バックトラックに頼るんじゃない。君はドラマーとしては、まだまだだ。
 
 
そういうわけでSikaの皆さん、
今回、日本に来てくれてありがとう。
いろいろと大変なThe Extreme Tour Japanだったけれど、
僕は君たちに感謝している。
この大変なツアーに、よくぞ参加してくれた。
 
君たちが、このツアーで、この日本で何を見て、何を得たのかはわからない。
けれども、きっと何か得るものがあったことを願っている。
それは、ビジネスとかバンドの成功じゃなくて、もっと大きな何かだ。
それが、今は少しばかり苦いものだったとしても、それをいつかわかってほしい。
 
君たちへの僕の評価は、今まで書いてきたとおりだ。
他の人に聞けば、もっと良い評価をするかもしれないが、今回、運営側、主催であった僕の立場からすると、これが正直な感想だ。
 
少なくとも、君たちのうち、後から空港に向かった3人が、駅まで見送ったにもかかわらず僕と嫁さんに一言の挨拶もせずに行ってしまったのは事実だし、そうした関係しか築けなかったとすればそれは僕としても残念なことだが、もし君たちのバンドが、ツアーを主催し君たちを迎え入れる側の人間に、そうした印象しか与えることが出来ないのであれば、それは君たちのバンド活動にとって致命的な問題だ。覚えておいてほしい。
 
 
正直なところ、君たちがもう一度、このXTJで日本に来たいと言ったら、俺はきっぱりと断るだろう。それは、俺が主催とか運営である限りは、俺は断ると思う。
けれども、他の人に運営を任せることができて、その人が君たちを呼びたいというのであれば、それは構わない。
そして、もしアメリカの地で、再び一緒に演奏することがあれば、それはもう、喜んで一緒にやろうと思う。それなら、立場はぜんぜん違うからね。きっと、もっと楽しくやることが出来るだろう。
 
そして、もし、次に相見えるのがいつになるのかは、わからないが、もし、時が満ちていたのであれば、その時は、今回のような防衛戦の薄氷の勝利ではなく、我らImari Tones (伊万里音色)の最大の奥義、「鍋島」を以て、完全にやっつけてあげよう。
もっとも、ほんの1、2年で、「鍋島」が完成するかどうかは、わからないけれども・・・。
 
その時には、命をかけて音楽に向き合うということが、どういうことなのか、もう少し、ちゃんと見せることができるだろうと思う。
 
君たちもそのために祈ってほしい。
僕も君のために祈り続けよう。
 
愛をこめて
Tak

 

 

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