Imari Tones
Timeline
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恥ずかしながらバンドの歴史タイムライン
1990年代半ば、
愛知県のとある地方都市にて、 高校生だったナカミネはバンド活動をしながら 100曲以上の楽曲を書く。


199x年、
音楽でプロを目指すことを どちらかというと否定していた高校生ナカミネ、
エリートコースを進みまっとうな大人に なる予定だったが、
imari嬢との出会いによって、 レールの上から否応なく外れる。


1998年
心身を病み、音楽活動も大学生活も まともにできなかったナカミネ、
コンピュータを使った音楽制作に触れ、
一人で音源制作を始める。 自宅スタジオをStudio Pelと名づける。


1998年夏、
ナカミネは初めての自主レコーディング作品を制作。
現在、この作品には"Through The Garden Of Gods"という名前がつけられている。
録音や演奏の技術に未熟な部分は多いが、 当時の精神的な状況の暗さから、
インディーズ的な刹那的な雰囲気に満ちた作品になる。


1999年春、
"Prototypes"と名付けられた自主作品を制作する。
独自の個性が発揮された秀作になる。
この頃、Imari Tonesという奇妙なバンド名が ナカミネの頭の中に突如浮かぶ。


1999年夏、
ナカミネは、 渾身の力を込めた自主作品、
宅録ロックの金字塔と自ら認める快作 "Kodomo Metal"を制作する。
ナカミネの持つ個性や特異な音楽性が発揮された作品であり、
イマリトーンズ自主作品の代表作のひとつとなる。


2001年、
この頃ナカミネは、
プロミュージシャンを目指すのとはまた違った生き方を求め、
生涯を放浪のうちに、芸術家として生き、芸術家として死ぬことを決意する。
この年、ナカミネは、 "Entering The New World"と名付けられた自主作品を制作する。
ナカミネはその理想の中にある新しい価値観を持った世界
"Neworld"の扉を開くという意図をもって、制作に臨んだ。


2002年春
ナカミネ、象牙の塔StudioPelを出て上京。


2002年9月頃
ナカミネ、ギタリスト、ヒッチーと出会い意気投合する。


2002年10月
意外にも、Imari Tonesの名前を使って都内で行った初めてのライヴは、
四谷天窓で行ったアコースティック形式のものだった。
ナカミネ(Vo,AG)、ヒッチー(EG)、ロミィ嬢(Cho,Perc)の3人編成。


2002年12月
ナカミネ、個人で音楽事務所を主宰するプロドラマー山田氏の主催で、
御徒町のSahaというライヴハウスにて、
たった一人でオケをバックにライヴ演奏をする。
ナカミネはVo,Gを演奏。


2003年2月
ナカミネは、妹であるミヅキのライヴにアコースティックギターで参加。
場所は四谷Live Gate Tokyo。
妹ミヅキは、音大を出たのち、バーなどで歌い、一定のファンを獲得していた。


2003年3月
ナカミネ、新宿デモテープ評議会なるイベントにて、
サエキけんぞう氏と東芝EMIディレクター加茂氏の両名に、
楽曲「躁」を、「図抜けている」と絶賛される。
でもその後別にいいことはなかった。


2003年5月
ナカミネ(Vo,G)は、バイト先の友人Kuriちゃんをにわかドラマーに仕立てあげ、
また、この頃上京していた旧知の友人、
鬱病の女流詩人ことヲイちゃんをベーシストとして迎え、
3人編成のバンドとして御徒町Sahaにてライヴ演奏をする。
にわか仕立てのバンドであったため、完全とは言いがたい演奏。
ドラマーKuriちゃんはこの一回きりの起用となる。


2003年8月
ナカミネは、ギタリスト、ヒッチーの誘いにより、
埼玉県某所に一軒家を借りて、
バンドメンバー皆による音楽中心の共同生活をスタートさせる。
この一軒家"House Juku-Shiki"の3階はスタジオになっており、
ナカミネはここをStudio Juku-Shikiと名付けた。
同時期に、三重県出身のドラマーはらっちと知り合い、
ナカミネ、ヒッチー、ヲイちゃん、はらっち、
の4人編成でのバンドを計画する。


2003年9月
御徒町Sahaにてナカミネ、ヒッチー、ヲイの3人編成でライヴ演奏を行う。


2003年9月
ナカミネは、Studio Juku-Shikiにて、
2001年以来の録音となる、"前途洋々"、"今君に会いたいよ" の2曲を一人で自主制作。
バンド編成スタートの前の、ソロワークの締めくくり作業であった。
この2曲は、99年春の「Prototypes」に追加収録されている。


2003年10月
三重県からはるばる、はらっちがHouse Juku-Shikiに引っ越してくる。
House Juku-Shikiには、レギュラー住人のナカミネ、ヒッチー、はらっちの他、
友人達が常時居座り非常ににぎやかな生活となる。
世の中から、どこかはずれた若者たちによる、
不思議で奇妙な共同生活。
4人編成のバンドとしてスタート。


2003年10月後半~11月前半
バンドのメンバーにはっぱをかけられ、
ナカミネは、約1ヶ月で55曲を作曲。


2003年11月
ナカミネ(Vo)、ヒッチー(G)、ヲイ(B)、はらっち(Dr)、
の4人編成で、本格的なバンド活動のスタートとなるライヴ演奏を、
御徒町Sahaにて行う。
悪くない演奏であったが、
メンバーは、ロックバンドの編成向きでないハコである 御徒町Sahaでの演奏に飽きてきて、
これ以後都内の主要ライヴハウスに進出を図ることとなる。


2004年1月
ナカミネ(Vo)、ヒッチー(G)、ヲイちゃん(B)、はらっち(Dr)の4人編成で、
池袋手刀にてライヴを行う。
このライヴを最後にヒッチーが早くもバンドから離脱。
天才ヒッチー、自身の音楽にストイックゆえの選択だったと思われる。
とはいえ特にケンカしたわけではなく、
House Juku-Shikiでの奇妙な共同生活は続いていた。


2004年2月
ナカミネ(Vo,G)、ヲイちゃん(B)、はらっち(Dr)、
の3人編成となり、2度ほど小規模なライヴに参加、
ナカミネのギターヴォーカルも落ち着かず、
また、ヲイちゃんの鬱状態や精神的な不安定さがバンド活動の障害になってくる。


2004年2月
池袋手刀にて ナカミネ(Vo,G)、ヲイちゃん(B)、はらっち(Dr)、
の3人編成にて演奏。
奇跡的に比較的出来の良い演奏となる。
風変わりでデリケートではあったが優れた素養を持つヲイちゃんであったが、
このライヴを最後に心身の不調によりバンド活動を離れざるを得なくなる。
2004年3月
ヲイの後任のベーシストを探す中、奇跡的にベーシスト、みねっち、と出会う。
みねっち、は、ナカミネと同じ年で、
音楽の趣味も含め様々な点でナカミネと波長の合う稀有な人物だった。
ここに、ナカミネ、はらっち、みねっち、の、黄金のトライアングルが完成し、
熱い2004年度が始まることとなる。
また、時を同じくして、ナカミネはヴォーカリストの募集も行う。
3月~4月にかけて述べ15人のヴォーカリストと面接を行うも、
結局採用となるヴォーカリストには出会えず、ナカミネはやはり自分で歌うことを選択する。


2004年3月
原宿RUIDOにて、
ナカミネ(Vo,G)、みねっち(B)、はらっち(Dr)、
の3人編成にてライヴ演奏を行う。
出演したイベントは中途半端であったが、演奏の手応えは良く、
黄金の三角形、理想のスリーピースの予感を得る。
本番前に、桜が満開の代々木公園にて花見。
桃園の誓いよろしく、義兄弟の契りを交わす。


2004年4月
大塚CAVEにてライヴ。 身内ノリで妙に盛り上がる。


2004年5月
池袋手刀にてライヴ。
少しはまともな演奏をする。
下北沢GARAGEにて昼間のライヴというものをやってみる。
冷静に考えると、ハードロック系のバンドが下北沢に進出するのは稀であり、
少し無謀といえるが、
これがこの時期のImari Tonesの不器用かつ志の高い 無茶な活動を象徴している。


2004年6月
下北沢ERAにて昼間のライヴというものをやってみる。
下北沢のレコード屋さんの企画ライヴにお呼ばれして新宿Red Clothにてライヴ。
だんだん音にパワーが宿ってくる。


2004年6月
バンドとしての初めての音源を制作。
録音はドラム以外はStudio Juku-Shikiにて行う。
5曲を録音し、EP「虚数少年2」と銘打って、
CD-Rの形でライヴ会場などで配布した。
内容は、バンドの勢いを理想的に伝える充実したものになる。


2004年7月
この頃、活動方針を模索していたヒッチーがHouse Juku-Shikiから離脱、引越。


2004年7月
池袋手刀にてライヴ。
アンサンブルはかなり固まってくる。
下北沢GARAGEにてライヴ。
3人とも夏風邪という奇跡的にひどい内容。


2004年9月
埼玉県の某事務所の企画ライヴに初参加で、新宿Head Powerにて演奏。
池袋手刀にてライヴ。演奏内容が充実してくる。


2004年10月
相変わらず難しい状況の下北沢GARAGEにてライヴ。
よく空き缶が飛んでこなかったものだ。


2004年11月
池袋手刀にて、ナカミネの妹ミヅキをキーボード/コーラスに加え、
試験的に4人編成でライヴ演奏を行う。
4人は完璧なポップ戦闘集団となり、充実した演奏となる。
そのアクの強さゆえ、必ずしも娯楽性は高くなかったが、演奏のレベルは充実していた。


2004年11月
埼玉県の某事務所の企画ライヴにて、神楽坂DIMENSIONにてライヴ。
総じて結論づけるなら、この時期のImari Tonesの演奏は、
自身の内面を掘り下げるストイックな苦悩の演奏であり、
決して、観客が親しみやすいものではなかった。


2004年11月
高田馬場の某レーベルさんの企画ライヴに参加。
新宿Club Doctorにて演奏。非常にヴォルテージの高い演奏をする。


2004年12月
埼玉県の某事務所の企画ライヴにて、渋谷Gig Anticにてライヴ。


2004年12月
Woodscock、飛蹴の2バンドが主催する、
チャリティーライヴイベント、Heart Rock Vol.1に参加し、
みねっちの参加するもうひとつのバンドであり、
Imariにとっては兄弟バンドといえる盟友Poor Midnight Grandmaと共に、
原宿REKIOにて演奏する。
企画そのものの盛り上がりにも助けられ、
初のアンコールをもらってしまうなど、2004年の集大成といえる充実の演奏となる。






2004年12月
池袋手刀にてライヴ。
ナカミネ、2004年のライヴを記録した、ライヴアルバムを自主制作する。
これは、各ライヴハウスで普通に記録に使われるMDの内容をもとに、
マスタリング処理を施しただけのもので、
メジャーアーティストの"作られた"ライヴアルバムとは一線を画した、
演奏の事実が生々しく記録された内容となる。
タイトルも、そのまま、"2004年の演奏活動の記録"とした。



2005年1月
盟友Poor Midnight Grandmaと共に、
高田馬場の某レーベルの企画ライヴに参加、新宿Club Doctorにて演奏。


2005年1月
下北沢GARAGEにてライヴ、 演奏は上々だが、
難しい関係と状況であったガレージの壁を、いまだ破れず。



2005年2月
この頃、はらっちが、
並行して参加していたバンド"音信+"に 集中するため、バンドからの離脱を表明。
ナカミネは前向きにバンド活動に対する視点を変えていき、
もともとイマリトーンズは一人で始めたものであって、
決まった形にとらわれないものであるから、
バンドとしての形が無かったとしても活動はできると言い放つ。
ナカミネはバンドの在り方について考え、ライヴ活動の意義に疑問を持っていたこともあり、
当面は他メンバーを探すことをせずに、
これを好機として今しかできない録音制作に向かうことを決意。
ナカミネははらっちに「いつでも戻って来いよ」と伝え、結果的に非常に平和的な離脱劇となる。
2005年2月14日
秋葉原GOODMANにてバレンタインデーライヴ。
またも3人とも風邪という悪条件となるが、
エンターテイメント性にあふれた元気のいいさわやかな演奏となる。


2005年1月末~3月半ば
Imari Tonesは、アルバムのレコーディングを行う。
前年6月に録音した5曲に加え、 新たに7曲を録音し、
12曲入りのアルバムを自主制作する。
録音は、ドラム以外はStudio Juku-Shikiにて行われる。
ベーシックなバンドサウンドが映えた前年制作の5曲に対し、
この時新たに録音された7曲は、ポップな楽曲の広がりと、
何よりもさわやかな楽しさに満ちたヴォーカルが映える仕上がりとなる。
「愛と笑い」に満ちた、イマリトーンズらしい作品。
このアルバムには、"光のヒーロー"というタイトルが付けられる。
もっとも親しみやすく、ゴキゲンにロックした
Imari Tonesの代表作のひとつとなる。


2005年3月
当面のしめくくりのライヴを前にして、
この時期になってバンドはアンサンブルの完成を見る。
なにより、一年の活動、修行を通じて、
メンバー3人は、成長し、精神的により高いゴールに達していた。
また、ナカミネはバンド活動や音楽活動に対するヴィジョンを日々発見し、
次の活動へのヴィジョンを研ぎ澄ましていく。
2月頃からナカミネはドラムの練習を始める。


2005年3月
はらっち、House Juku-Shikiから引越し。
一時は何人いるのかわからないほどにぎやかだったHouse Juku-Shikiに、静けさが訪れる。


2005年3月30日
当面のライヴ活動のしめくくりとなるライヴが、古巣、御徒町Sahaにて行われる。
完成したバンドサウンドとそして、3人の音と精神のコンビネーションをきちんと披露する、
しめくくりにふさわしい充実の演奏となる。
質のいい客層にも恵まれ、非常に幸福な演奏であったといえる。
この日、完成したばかりのアルバム"光のヒーロー"の テスト盤が、来場した観客に配布される。
また、この日のリハーサル前には、埼玉県某所のとあるイタリアンレストランにて、
"光のヒーロー"のジャケット撮影が行われた。
2005年4月15日
ナカミネは、ドラマーが休業中の、
盟友、Poor Midnight Grandmaのライヴにヘルプドラマーとして参加、
渋谷Gig Anticにて演奏を行う。


2005年5月7日
ナカミネは、ドラマーが休業中の、
盟友、Poor Midnight Grandmaのライヴにヘルプドラマーとして参加、
渋谷Club Asia Pにて演奏を行う。


2005年5月15日
ナカミネは、盟友、Poor Midnight Grandmaの 池袋手刀にて行われた自主企画イベント、
「ロックでぶっとばせ」のライヴに、ヘルプドラマーとして参加、
イベントも盛況でおおいに盛り上がる。


2005年6月1日
ナカミネは、盟友Poor Midnight Grandmaの、
新宿MARZにて行われたライヴに ヘルプドラマーとして参加。
PMGのサポートドラマーとしての全日程を終了する。


2005年6月
ナカミネは、ImariTonesの自主制作シリーズを完成させるべく、
4枚のアルバム制作を企画し、
それを2ラウンドに分けて2005年中に完成させる計画を立て、
ドラムも自身でプレイし、たった一人で制作にとりかかる。


2005年9月
計画した4枚のうちの、前半の2枚が完成。
「異能レース」(Heterogeneous Species)
「無責任なメシア」(Reluctant Savior) と名付けられる。
これらの作品には、はらっちと、PMGのスギペが、コーラスで参加。
制作と同時に、2001年の作品である「Entering The New World」から、
「Entering The New World」、「Changes!!」、「春風に乗って君と飛ぼう」
の3曲をリマスター。


2005年10月
現代社会、とりわけ日本における ロックンロールのリアリティについて考えていたナカミネは、
この頃、政治家になろうか、あるいはアメリカに移住しようかなどと考える。
またこの時期、盟友であり大先輩であるRaphy氏を通じて、
少年時代からの憧れの人物であるTak Yonemochi氏と出会う。
2005年11月
この頃、ナカミネは、自主制作のヴォーカルレコーディングを乗り切るために、
自分のヴォーカルの限界を超えるべく、発声の方法を少しずつ変えていく。
以降、新しい発声を模索し、以後1年間、新しい声を探して悩むこととなる。


2005年12月
計画した4枚のうちの、後半の2枚が完成。
「Color Of Hers」、「fireworks」と名付けられる。
はらっちと、PMGスギペが今回もコーラスで参加。
これにより、ImariTonesの、10年間の旅路を記録した、10枚の自主制作アルバムが完成。
ImariTonesという音楽芸術が、ひとつの完成を見ることとなる。
自分の手で、純粋に芸術と向き合った10枚の自主制作作品こそが、
本当のImari Tonesの姿であり、いちばんに伝えたかったすべての記録である。 2006年1月 ナカミネがバンド活動再開に向けて 水面下で動くなか、
ベーシストみねっち、 家庭の事情により、なにげなく戦線離脱。
決して笑顔でのハッピーな別れであった。
最高の飲み友達であることに変わりはなし。


2006年2月
そうこうしているうちに、ImariTones、
ナカミネの少年時代からの憧れの人物の一人である、
Tak Yonemochi氏(Air Pavilion)に、プロデュースしていただくことになる。
急転直下、ナカミネは、みねっちに勝るとも劣らぬ、
いや、ことスタジオワークにおいては、
みねっちを上回る力量を持つ 有能なジャズベーシスト、ババリュウヘイをゲットする。
また、参加していたバンド「音信+」の活動停止により、
暇になっていたはらっちが、一年前の予告どおり、あっさり戻ってくる。
ナカミネ(G,Vo)、ハラ(Dr)、ババ(B)、のトリオ編成で、
世界を照準に本格的なレコーディングに臨むこととなる。


2006年4月
この時期、はらっち、大正琴職人になる。
ナカミネと同居し、離別も再会も経験し、苦楽を共にしてきた彼にとっても、
おそらくはこれまでのバンド活動の答えを得るため、
彼はイマリトーンズに戻ってきたであろうと考えられる。
はらっち、恋人の待つ地元名古屋に転居。 家出同然で上京してきた彼であったが、
ひととおりのライヴ活動で、様々な経験をし、学び、 人間的に成熟したことによって、
イマリ・トーンズの活動も非常に大人なスタイルになっていく。
2006年2月~6月
米持氏の監修の下、水面下で、スタジオワーク、レコーディングが少しずつ進む。
スタジオワークのみで、退屈であるが、風まかせでのんびりと運営する。
米持氏と出会ったことにより、この頃からナカミネは、英語で歌うようになる。


2006年7月
ドイツに行く話が浮上して身辺が慌しくなる。


2006年9月~10月
ImariTones、ナカミネ、ハラ、ババの3人は、米持孝秋氏とともに、ドイツへ赴き、
AngraやEdguy、Rhapsodyなどを手がけているヘヴィメタル界の売れっ子プロデューサー、
サシャ・ピート氏のもとで、数曲をレコーディング。
素晴らしい旅路と、世界レベルのサウンド、そして大きなヴィジョンを授与される。
米持孝秋氏のソロアルバムのレコーディングにも立ち会い、
また、ナカミネは米持氏のソロ・レコーディングでも1曲ギターを弾いている。


2006年8月吉日
ナカミネ、 imari tonesの、バンド名の由来でもある、
そしてナカミネに道を踏み外させた張本人である、 イマリ嬢と、晴れて結婚。
プロポーズは見てのとおり10年前に済ませていた。


2006年10月8日
おなじみといえる、良い記憶しかないハコ、
御徒町Sahaにて、ImariTones、初の企画ライヴと言える、
プライベートライヴパーティーをぶちあげる。
ドイツ帰国報告などを兼ねた、節目のイベントで、
敬愛する先輩であるRaphy氏、未藍千紗さんと共演。
久々のライヴながらも出来の良い演奏を披露する。
J-GEORGE氏とのギターバトルや、
米持孝秋氏をお迎えしての「即席Air Pavilion」セッションも敢行。
2006年12月~2月
マスタリングや、営業や、テキサスに行く話などで、なんだかんだと時間が過ぎる。


2007年3月
ナカミネは、米持孝秋氏に連れられて、
わざわざ海を越えてアメリカはテキサス、
オースティンで行われる世界最大の音楽コンベンションのひとつ、
South By Southwestまでのこのこと出かけていく。
営業成果は必ずしも芳しくなかったが、
音楽に人生を捧げた人間たちが世界中から集まるこの祭りにおいて、
ナカミネは間違いなく、少年時代から恋をしてきたロックの神様に出会い、
多くのインスピレーションを得る。
メッカに巡礼したムスリムの如く、
ロックの女神さんから直接言葉を聞いたナカミネは、
明確なヴィジョンを持って、新たな活動を決意する。
またこの時期、ナカミネは、HR/HM系企画集団、Above Da Worldのメンバーとなる。
この時期、ナカミネ、3年以上住んだ埼玉某所のHouse Juku-Shikiから、
大学時代を過ごしたお気に入りの街、横浜に引越し。
理由はやはり皆がいないと家賃が高いから(笑)


2007年6月
6月初頭、ナカミネは、即席メタルバンド「児玉鎮魂歌」にてヴォーカルを担当する。
6月後半、
新宿JAMにて、Above Da WorldのHR/HMイベント、「Straght Edge」を主催、
imari tonesも勿論ライヴ演奏を行う。
Metal Safari、Knights Of Round、アイ・ドント・ノウ、Clever Headsと共演。
メタルイベントの割に優しいステージを展開して賛否両論をくらう(笑)


2007年7月
Above Da World主催のギター速弾き決定戦"G1 Carnival"にて、
オープニングライヴを務める。
渋谷PLUG。 SLEDGE、BEREAVED、Majellycaと共演。
テンション高くはっちゃけて好評を得る。
その後まもなく、ナカミネは将来的な目標のために現状を変える必要性を感じ、
米持プロデューサーに、自分の足で歩く旨を伝え、
自主レーベルの運営などなど、乗り出すことを決意する。


2007年8月
某日、新宿JAMにてナカミネ一人によるアコースティック弾き語り。
さらに某日、北千住Crawfishにてナカミネ一人によるアコースティック弾き語り。
むしろバンドの時よりも内容が伝わってしまい困惑する。
政治的&諸般の事情により、いよいよ動きが取れなくなってきたため、
優秀だった馬場くん&はらっち体制に、
惜しくも別れを告げ(初のメンバー首切り)、
あっさりと新メンバー体制になる。
G&Vo: Tone、B: Hassy、Dr: Doctor Manzo 3人とも横浜在住のハマ・バンド(?)となる。
2007年9月
某日、ナカミネはレーベルの名前を冠したイベント、
Kitchen Knife Partyを新宿JAMにて開催、主催のみで演奏はせず、
その足でそのまま吉祥寺WARPに赴き、
ほぼ飛び入りで新メンバーでの初ライヴ演奏を行う。
また、"Winning Song"、"躁"の自主制作PVを制作する。


2007年10月
某日、新宿JAMにてアイ・ドント・ノウとライヴ。
限りなく成功だったような失敗だったような。
そうこうしてるうちに自主レーベルからのアルバムのリリースが決まる。
ホームページの英語サイトをオープンさせる。


2007年11月
某日、西荻窪FLATにてナカミネ弾き語り。
某日、Above Da Worldとの共同企画「Straight Edge 2」を渋谷PLUGにて開催。
Risk Hedge、Metal Safari、Devour、Clever Headsと共演。


2007年12月
某日、渋谷AUBEにてEmergenzaコンテストに参加。
某日、原宿カフェラティアにてナカミネ弾き語り。
MySpace等の各音楽サイトに本格的に進出開始。


2008年1月
なんだかこの頃より、 ナカミネ、自身の音楽の中に常にあった信仰というものに気付き、
それらをよりオープンに音楽に組み入れていく試みを始める。
ナカミネ、公式にクリスチャンになる。
自主レーベルKKRより、アルバム"Japanese Pop"発売。
そして次のアルバムのリハーサル開始。
クリスチャン的世界観をテーマにしたコンセプトアルバムの計画を始める。


2008年2月
某日、ナカミネ、G-1速弾きグランプリにて3位入賞を果たす。
某日、渋谷Gig Anticにて飛び入り的にライヴ。
主張、テーマ、パフォーマンス。 ひとまず納得のいくステージ。
2008年3月
コンセプトアルバム、仮タイトル"School Of Saviors"の制作開始。
(最終的にタイトルは"Welcome To The School")
アメリカはユタ州にて行われた、 Foursite Film Festivalにて、
"Karma Flower"のプロモーションビデオが、Best Animation Awardを受賞する。
ナカミネはユタ州に出向いて、"異教徒"であるところのユタ州の若者たちと 普通に友達になる。
某日、iTunes Storeでの楽曲販売を開始する。
某日、ToneとMarieによるポッドキャストが開始される。


2008年4月
某日、新宿ACIDにて企画ライヴ「Club Manzo」。
かなり盛況となる。演奏の出来も上々。コンセプトアルバムのレコーディング進む。


2008年5月
某日、新宿JAMにて 企画ライヴ"Faith, Loud, Heaven"を行う。
とてもハッピーな企画になり出来も上々。
同企画にはナカミネの妹Mizukiも出演し、ナカミネはサポートでアコギを演奏する。
某日、"Synchronicity"の自主制作PVを作成。
某日、制作中のコンセプトアルバム"God Has No Name"または"School Of Saviors"(仮)
(最終的に"Welcome To The School"となる)
からの楽曲のインターネット先行試聴を開始する。
コンセプトアルバムのレコーディング継続して作業中。


2008年6月
某日、新宿JAMにて、Above Da Worldの仲間とともに、
Straight Edge Vol.3 復讐の王道ハードロック、を企画、出演。
イベント的にも盛り上がり非常に良い企画となる。
演奏はオーディエンスはそれほど多くなかったものの、
抜群のサウンドで圧倒、なんだか地力を見せ付ける。
アルバムのレコーディング継続して作業中。
某日、ナカミネ、Avantasiaで来日していたサシャ・ピート氏に再会。
シンガーのアマンダ・サマーヴィル氏にも再会。
コンサートの招待枠で、楽屋にも招待されトビアス・サメットや
ヨルン・ランデ、オリヴァー・ハートマンらと会ったりするという ちょっと自慢な体験をする。


2008年7月
某日、立川Heart Beatにて行われた、
ロックファッションショップGammaray Burst主催のイベントに出演。
「親子そろって見れる」をテーマに堅実な安心ステージを展開し、そこそこ好評を博す。
それなりになんだか投票もいただいて、
8月の町田のお祭りにお呼ばれすることになる。
コンセプトアルバムのレコーディング継続中。


2008年8月
町田のお祭りで演奏する予定が、 悪天候により中止(泣)
レコーディング継続中。
2008年9月
楽曲「Karma Flower」が、 UK Song Writing Contestで、
Semi Finalistを受賞する。 ファイナルまでいかなかったのでちょっと悔しいかも。
某日、約半年にわたって続いていた レコーディングがついに完成する。


2008年10月
バンドの活動や状況が変わってきたのに伴い、
1年あまりバンドをささえていただいたDoctor Manzo脱退。
何人かのドラマーとのセッションを経て、はっしーと旧知であったジェイクが加入。
Vo/G: Tone, B: Hassy, Dr: Jake となる。
某日、"Hero Of The Lights"をiTunes等配信開始。
以降、少しずつiTunes等での楽曲配信を進めていくこととなる。


2008年11月
某日、新宿ACIDにて試運転ライヴ。


2008年12月
11日、横浜Lazybonesにてライヴ。好評を博す。


2009年1月
アメリカでのライヴを計画する。
31日、新宿JAMにて、アイ・ドント・ノウと共同企画ライヴ。


2009年2月
某日、アメリカはジョージア州アトランタの、
クリスチャン系のNon Profitレーベル、 Empty Vessel Musicと契約する。
2月22日、大久保水族館にてライヴ。 ジェイクが酔っ払う。
DSA songwriting contest2008にて、楽曲"Only One Wish"が、semi-finalを受賞する。
うーん、中途半端な。


2009年3月
3月8日、昨年に引き続き、emergenzaコンテストに参加させていただく。
昨年同様、組織票集められず敗退するが、好評を得る。
だんだんと漢字表記の「伊万里音色」を意識して使うようになる。
某日、"Kodomo Metal"をiTunes等配信開始。
"Welcome To The School"を、CD-R盤にて販売開始。
2009年4月
"Rock,Faith,Anime2009"と銘打って、信仰と音楽に道を見出すべく、
アメリカ8都市を周るツアーを敢行。
4月5日、ダラスの教会ICC Dallasにて賛美演奏、この日ナカミネは念願の洗礼を受ける、
4月6日、Austin TX, Headhuntersにてライヴ、
4月8日、Houston TX, Super Happy Fun Landにてライヴ、
4月9日、Little Rock AR, Sticky Fingerzにてライヴ、
4月10日、Nashville TN, Music City Barにてライヴ、
4月12日、アトランタの教会Westminster Japanese Churchにて イースターサンデイに賛美演奏、
4月14日、New York, Otto's Shrunken Headにてライヴ、
4月17日、Seattle WA, The Mixにてライヴ、
4月18日、Tacomaの教会Japanese International Baptist Churchにて 1曲のみアコースティック賛美、
いずれも好評を博す。


2009年6月
6月6日、新宿Wild Side Tokyoにてライヴ。非常に楽しく演奏する。
6月27日 横浜は桜木町駅構内のイベントスペース9001にて、
VIC Band、山本香織(ゴスペルシンガー)とともに、賛美演奏をする。
某日、次回作に向けてのデモ制作を開始する。


2009年7月
7月18日、渋谷Club Asia Pにて、ギター速弾きイベントG-1 Grand Prixにてライヴ。
この日はゲストヴォーカルにクロジュン氏を迎えての実験的に4人編成でのスペシャルライヴだった。
7月20日、横浜は桜木町駅構内のイベントスペース9001にて、
いくつかのゴスペルクワイヤーとともに賛美演奏をする。
7月25日、本八幡Route14(千葉)にてライヴ。
ナカミネ、50曲を作曲し、その中から13曲を選び出し、
次のレコーディングに向けて計画を練る。
"Welcome To The School"をiTunes Store等で配信開始。


2009年8月
8月13日、三軒茶屋Heavens Doorにてライヴ。わりと相性のよくない感じ。
8月28日、本八幡Third Stageにてライヴ。ハッピーな演奏。
"God Rocks"の仮タイトルのもと、バンドは次のレコーディングに向けてのリハーサルを開始。


2009年9月
9月23日、大久保水族館にて、Above Da World関係、
Nさん結婚祝賀パーティーにて酔っ払って4曲演奏。
ハッピーな祝福の演奏。
バンドは新曲リハーサル続行。


2009年10月
10月3日、新宿Wild Side Tokyoにてライヴ。
新曲"Testimony"と"Precious"を披露し大いに盛り上がる。
バンドは引き続き新曲リハーサルにかかりっきり。
2009年11月
"God Rocks"(仮)のレコーディングにとりかかる。


2009年12月
12月12日、桜木町駅イベントスペース9001にて、
教会VIC主催のフリーゴスペルコンサートに参加。
サルーキ=、神山みさ、演歌フレンズ、萩原ゆたか、WINDといった、
ゴスペル系ミュージシャンたちと共演。とっても祝福。
クリスチャン新聞さんやCGNTVさんも取り上げてくれて嬉しかったなと。
バンドは、引き続き、"God Rocks"(仮)のレコーディング作業。


2010年1月
1月31日、Above Da Worldの仲間とともに、
"Straight Edge Vol.4 -Hard Rock Redeemer-"を主催。
YoubikSrun、Clever Heads、Captain Loser等と共演。
勿論伊万里音色も出演して好評を得る。
ナカミネはAbove Da World Sound Crewのメンバーとしても演奏。
バンドは引き続き"God Rocks"のレコーディングに明け暮れる。


2010年2月
"God Rocks"のレコーディングがひとまず完了する。
2月後半、バンドは二度目のアメリカ遠征に出る。
Pennsylvania州Harrisburgで行われるMillennium Music Conference (MMC14)に
出演するのに伴っての東海岸ツアーとなった
2月18日、Gullifty's Underground, Harrisburg PAにてMMC14のオープンマイクライヴ。
2月20日、Capitol Area Christian Church, Harrisburg PAにてMMC14ショウケースライヴ。
2月21日、New YorkはLong Islandにある教会Gloryzone Ministriesにてライヴ。
非常に祝福された演奏となる。
2月23日、Otto's Shrunken Head, NYCにてライヴ、
2月24日、The Wonderland Ballroom, Washington D.C.にてライヴ、
2月25日、Mojo13, Wilmington DEにてライヴ、
2月26日、Clash Bar, Clifton NJにてライヴ。
以上、都合7本の演奏を行って無事帰国。


2010年3月
いろいろ準備。


2010年4月
アメリカ東海岸遠征の様子を記録した、
"IMARi ToNES in Glory Zone" ならびに"Dosamawari Live 2010"を
インターネットで無料配信にて発表。
2010年5月
5月22日、新宿FNVにてライヴ。
トラブルに見舞われつつも クリスチャン色の強い戦闘的なステージを展開する。
5月29日、ナカミネは、山手D-Factoryで行われた教会イベント
「ユルクリblock party」にてアコースティック演奏。


2010年6月
6月10日、三軒茶屋ヘブンズドアにてライヴ。
やっぱり主義主張の強い攻撃的なステージを展開する。
6月25日、ナカミネは横浜黄金町試聴室その2で行われた教会イベント
「ユルクリblock party」にてアコースティック演奏。
6月26日、町田FUSE JESUS COMMUNITYにてライヴ演奏。
FUSEさんの一周年イベントに参加させていただく。
国内で教会と名のつくところで演奏したのは初めて。
教会という追い風の環境の中で、非常に祝福された演奏となる。


2010年7月
7月19日、ナカミネは、茅ヶ崎で行われた日曜学校イベント
イエスフェスティバルにて子供達の前でアコースティック演奏。
7月24日、ナカミネは、横浜黄金町試聴室で行われた教会イベント
「ユルクリblock party」にてアコースティック演奏。
7月25日、新宿Wild Side Tokyoにてライヴ。
メッセージ色の強すぎたここ数回のライヴを反省し、
比較的国内向けのゆるやかでコンパクトなステージを展開する。


2010年8月
新たなフォトセッションを敢行。バンドはミーティングを繰り返し長期戦略を練る。
8月21日、伊万里音色名義で、すみだストリートジャズフェスティバルに 参加登録するも、
バンドの都合がつかず、ナカミネは教会関係の友人たちと、
急造ゴスペルセッションバンドを組み、スタンダードゴスペルをジャズアレンジで演奏する。


2010年9月
9月12日、横浜市の教会YCC (Yokohama Christian Church)にて、アコースティック演奏。
バンドとしての公式なアコースティック演奏は初めての試みだったが、
神にささげる演奏をすることができ、好評を得る。


2010年10月
10月3日、バンドは自分たちの所属教会である
横浜VIC (Victory International Church)にて、
アコースティックにてワーシップ演奏を担当する。
10月30日、伊勢佐木町クロスストリートにて、
教会ゴスペルクラブ主催の「ユルクリblock party」にて演奏。
台風の中であったが、ワーシップ演奏を展開する。
10月某日、ワーキングタイトルGod Rocksで作成したアルバムに、
"Victory In Christ"という正式タイトルを付け、
iTunes等のデジタルリテイルでリリースする。
ディスク販売はもうちょいと後。
2010年11月
11月3日、大久保水族館にてライヴ。
日本のクリスチャンロックの先駆者的存在である
栄光号(この日の名義はB.D.Badge)と初めて共演する。
イベントも非常に盛り上がり幸福なライヴとなる。


2010年12月
12月2日、下北沢GARDENにてライヴ。
FU&難民の共同企画「2010年いじげんの旅ファイナル」に参加する。
Imari Tonesとして下北沢での演奏が5年ぶりであった他、
国内ライヴハウスの演奏ではこれまでで最大の会場での演奏になるなど、ひとつの節目を経験する。
演奏は友人知人に見守られながらも不器用に霊的戦いを展開する。
12月4日、教会ゴスペルクラブ主宰の「ユルクリblock party」にて、
伊勢佐木町クロスストリートにて演奏。
共演はWIND、栄光号、Yaw Amoabeng (Raggae)。
商店街の中のフリーライヴであったが、
強力なゴスペル系バンドが集まったこともあり、祝福に溢れ、盛り上がる。
12月5日、バンドは自分たちの所属教会である 横浜VIC (Victory International Church)にて、
エレクトリックにてワーシップ演奏を担当する。
エレクトリックにて教会でのワーシップ演奏を担当するのは初めてであった。
またバンドは、この時期、パブリシティ・キャンペーンに取り掛かる。
12月24日、よりにもよってクリスマスイブに、 大久保水族館にてライヴ、
共演はサルーキ=、B.D.Badge、Ancient Crow、と、4バンド中の3バンドがゴスペル系、
それがなぜかクリスマスイブに顔をあわせて乱痴気騒ぎをくりひろげ、大いに盛り上がる。
12月31日、 御園バプテスト教会にて、 「Go To New Year 2011」に参加。
共演は栄光号、サルーキ=、神山みさ、サムエル、Isa、Holy Head等。
Imari Tonesは一年数ヶ月ぶりにゲストヴォーカルにクロジュンを迎え、
教会ライヴにも関わらず正統派ヘヴィメタルを叩きつける。


2011年1月
1月16日、町田Carbunculusにて、オトアソビVol.1に参加。演奏。
アメリカンなバーでのゴキゲンなイベントに盛り上がる。
また、同イベントにてToneとJakeは、ヴォーカリスト熱きリョウ氏とともに、
Stryperのカバーを演奏する。


2011年2月
2月10日、新宿Wild Side Tokyoにてライヴ。
新曲"Truth"を初披露、出来のいい演奏となる。
某日、バンドはEPのレコーディングに数曲に取り掛かる。


2011年3月
3月7日、三軒茶屋ヘブンズドアにてライヴ。
今まで三茶でやった中では良い演奏だった模様。
震災直後の3月13日、横浜Victory International Churchにてワーシップ演奏。
また、バンドは3度目のアメリカ遠征に向け、
Kickstarter.comを使用しての資金調達プロジェクトを成功させる。
2011年4月
震災と原子力危機によって日本が揺れる中、
4曲のレコーディングを横浜にてひとまず完成させたのち、
バンドは3度目のアメリカ遠征に出発する。
バンドはツアーを通じて、クリスチャンの組織として交流のあったPAZ Japanと
協力して日本のためのチャリティ活動に取り組んだ。
4月22日、Headhunters, Austin TXにてライヴ、
4月23日、The Moon Bar, Fort Worth TXにてライヴ、
4月26日、Super Happy Fun Land, Houston TXにてライヴ、
同じ週、Dallas TXにあるクリスチャンカレッジCFNI (Christ For The Nations)にて
"The Concept"と"You Key"の2曲をレコーディング。
4月29日、The Music City Bar, Nashville TNにてライヴ

2011年5月
5月1日、Hamilton Pointe Church, Hixson TNにて教会ライヴ 5月4日、
クリスチャンバンドとしては大きな声ではいえないがこっそりテネシー州の
ジャック・ダニエルズの蒸留所の見学をしたりする。
5月7日、Mojo13, Wilmington DEにてライヴ、
5月8日、Crossroads Church&Ministries, New Castle DEにて教会ライヴ、
5月11日、Wonderland Ballroom, Washington DCにてライヴ、
5月13日、Clash Bar, Clifton NJにてライヴ、
5月14日、Goodbye Blue Monday, Brooklyn NYにてライヴ、
5月15日、Gloryzone Ministries, Deer Park NYにて教会ライヴ、
5月21日、Blue Moon Bar, Seattle WAにてライヴ、
5月22日から25日まで、Nashville TNにて行われた
クリスチャンミュージックのコンベンションThe Objectiveに参加、
多数のクリスチャンミュージシャン、また多数の業界人と交流、
5月24日には、イベントの一環としてショウケースのトリを飾り、
Rocketown, Nashville TNにて演奏、
出演したクリスチャンバンドたちの中で最大の評価とリアクションを得る。
以上13本のライヴを行って、1ヶ月以上にわたるツアーとなり、
今までで最大のチャレンジであったが、
かつてない好評と、予想以上の成果を得て、5月末、無事に日本に帰国。


2011年6月
遠征後の燃え尽き症候群に苦しみつつも、未来へのプランを練る。
6月26日、新橋ZZにて、Detarame Rock City Vol.3に参加しライヴ。
比較的メッセージ性の強い演奏を行う。
また、Stryperが行って有名になったギミックである「聖書投げ」を初めてライヴで行う。


2011年7月
7月23日、吉祥寺Crescendoにて行われた第10回G-1 Grand Prixにて
ゲストヴォーカルにクロジュンを迎えてのライヴ演奏を行う。
クロジュンと一緒の演奏は3度目。
また、イマリトーンズとしてG-1 Grand Prixに出演するのも3度目であった。
独自のヘヴィメタルの本質をハードに叩きつける演奏で好評を得る。
もちろん、聖書投げも行う。


2011年8月
8月7日、大久保水族館にてライヴ。
共演はB.D.Badge、儀太郎と、
気のおけないリラックスしたムードで 存分にはっちゃけた演奏を披露する。
また某日、バンドはさらに3曲の新曲のリハーサルにとりかかる。
また、同時期に、バンドはレトロゲームをテーマにしたPodcast/Videocast、
「Famicom Dojo」へテーマ曲として楽曲「R.P.G.」をレコーディングし、提供する。
ドラムが打ち込みであることと、シンプルな楽曲をこころがけたせいで、
バンドの形になる前の初期Imari Tonesを彷彿させる楽曲となる。
2011年9月
9月19日、バンドは、「東北応援団 Love East文化祭」に出演、
足立区は竹ノ塚にある神の家族主イエス・キリスト教会にて演奏する。
共演は岩渕まこと氏をはじめ、著名なゴスペルアーティスト多数。
おとなしいワーシップ曲を1曲のみの演奏だったが、
こうした性質のゴスペルイベントへの出演は日本ではほぼ初めてであり、
ある意味、国内ゴスペルシーンへの初お目見えだったかもしれない。
演奏した曲は"Living Water"の日本語バージョンで、
この曲の日本語バージョンを人前で演奏するのは初であった。


2011年10月
レコーディングのためのリハーサルに明け暮れる。


2011年11月
11月6日、大久保水族館にて楽しくバー演奏。
人前で演奏するのが初の新曲を4つも披露。
某日、数曲のレコーディングに取り掛かる。



2011年12月
TrilliumのAmanda Somerville氏のメンションにより、
突如Burrn!誌に名前が載ってしまうというちょっとしたアクシデントが起こる。
しかもナカミネはもろに名指しされちょっと恥ずかしかったのであった。
また、この時期に数曲のレコーディングを完了、
2011年を通じて制作にあたっていた "Japan Metal Jesus"(仮)と名付けられた作品が、とりあえず完成。
またバンドは"The Concept"と"You Key"の2曲の お手製のプロモーションビデオを作成し、
作品のPR活動をゆっくりと開始。
12月31日、Toneは新たな盟友「熱きリョウ」とともに
昨年も出演した御園バプテスト教会のカウントダウンイベントに出演、
Imari Tonesではなく「熱きリョウ with Jesus Mode」というプロジェクトにて出演。
ストレートな80年代風ヘヴィメタルを演奏し大好評を得る。
ちなみにドラムスはYan (Above Da World)、
ベースはMarieと気の置けない仲間たちによるプロジェクト/バンドであった。
そして運命の2012年に踏み出すのであった。


2012年1月
1月29日、バンドはVICにてワーシップ演奏を担当。


2012年2月
2月19日、バンドはVICにてワーシップ演奏を担当。
2月25日、Toneは「熱きリョウ with Jesus Mode」のメンバーとして
小田急相模原RockDeNashiにて演奏。
2月26日、横浜寿町音小屋にてライヴ。
意外にも、横浜のライヴハウス、クラブ、バーなどのハコにおける Imari Tonesの
正式なギグとしては初めての横浜での演奏であった。
2012年3月
3月20日、横浜反町No Borderにてライヴ。
共演はB.D.Badge, Yao Amoabeng, Ubi Quitous (FU)。
地元横浜でのバーライヴとしては二度目となる。
運営面や、ギタリストとして参加したYao Amoabengの演奏に集中してしまい
自身のバンドでは散漫な演奏となるが好評を得る。


2012年4月
4月8日、横浜寿町音小屋にてライヴ。
共演はB.D.Badge、儀太郎、Rambling Coyote。
遺憾なく持ち味を発揮して良い演奏となる。


2012年5月
5月6日、大久保水族館にてライヴ。
共演はB.D.Badge, FDN。新曲2曲に挑戦するも好評を得る。
5月19日、横浜日ノ出町シャノアールにてライヴ。
教会VICのアウトリーチライヴであった。
共演はまたもB.D.Badge, Yao Amoabeng, We Bring Love。
比較的完成度の高い演奏を行い好評を博す。


2012年6月
6月2日、小田急相模原Rokudenashiにてライヴ
共演はおなじみB.D.Badge 完成された演奏を見せる。
6月某日、バンドは"Heroes EP"のレコーディングに取り掛かる。


2012年7月
7月1日、アルバム"Japan Metal Jesus"をiTunes等でデジタル配信開始。
7月13日、横浜関内Zanyにてライヴ。
横浜のバーではなくいわゆるライヴハウスとしては意外にも初めての演奏。
7月22日、横浜寿町音小屋にてライヴ。
共演はYao Amoabeng、B.D.Badge。
アメリカ遠征前の仕上げの演奏を披露する。
2012年8月
8月上旬、バンドは"Heroes EP"のレコーディングを完了させる。
"Heroes EP"は、完成直後に、未発表スペシャルエディションとして、
IndieGoGoにおける景品として寄付者に届けられた。
またToneは8月18日、Atsuki Ryo with Jesus Modeの一員として、
G-1 Grand Prixイベントにて吉祥寺クレッシェンドにてライヴ演奏する。
8月後半、バンドはIndieGoGoにおけるクラウドファンディングや、
教会からの支援を受けて、アメリカにてThe Extreme Tourに参加する。
バンドとしては4度目となるアメリカ遠征であったが、
自分たちで企画、ブッキングをしていた過去のツアーと違い、
このような形で他者が企画したツアーに乗っかるのは初めてであった。
The Extreme Tourの、West Coastチームの一員として3週間にわたり
Washington, Oregon, Idaho, Montanaの8都市を回り12本のライヴをこなす。
日本人のバンドとしてThe Extreme Tourへの参加は初めてであった。
教会、学校、少年院、公園、キャンプ場、映画館、ストリートフェスなどといった
変則的な場所での演奏を経験する。
またアルバム"Japan Metal Jesus"のディスク販売もこのツアーから開始。

8月25日、Blue Fox Drive-In Theater, Oak Harbor WAにてライヴ
8月26日、Off The Hook, Oak Harbor WAにてライヴ
8月28日昼、Miller Park, Florence ORにてライヴ
同日夜、Florence OR近隣某所のJuvenile Detention Center(少年拘置所)にて演奏
8月29日、Port of Gold Beach, Gold Beach ORにてライヴ


2012年9月
9月2日、Stevenson WAにおけるクリスチャンミュージックフェスティバルX-Festにてライヴ、
日本出身のバンドとしてはもちろん初の参加となり好評を博す。
フェスティバルで共演したバンドとしては、
90年代のクリスチャンガレージバンクの草分けであるThe Clergyや、
ラスベガス出身で日本でも人気のあるPAR~A~DIGM等。
9月5日、Sarge Hubbard park on the Greenway, Yakima WAにてライヴ
9月7日、Lake City High School, Coeur d'Alene IDにて高校のランチタイムライヴ
同日夜、 Sherman Park, Coeur d'Alene, IDにてライヴ
9月9日、Moscow IDにてNuart Block Partyに出演、
グラミー賞ノミネートかつDove Award受賞バンドであるAfter Edmundと共演を果たす。
そんな大物バンドと共演したのはたぶん初めての経験であった。
9月12日昼、Paris Gibson Alternative High School, Great Falls MTにて高校の体育館ライヴ、
同日夜、Faith Center, Great Falls MTにて教会ライヴ。
以上12公演をもってThe Extreme Tourへの初参加を完了。
翌年このThe Extreme Tourを日本で行うことを約束し、9月17日、無事帰国。
The Extreme Tourを共に回ったバンドは、
The Lacks、Colton&Zara、DaMac、The Burn-Ins (Canada)の4バンドであった。


2012年10月
10月20日、小田急相模原ロクデナシにてライヴ。
共演はお世話になっているB.D.Badge。
ツアー後の勢いで高いクオリティの演奏を見せる。


2012年11月
バンドは、翌年にThe Extreme Tourを日本で開催するという ちょっと無理難題な使命を得て、
その水面下の準備であるとか、またツアーの疲れやここ数年走ってきたことの消耗から、
クリスチャンロックを始めて以来、たぶん初めての
ライヴもやらなければスタジオ練習もそれほどやらないという オフっぽい期間を過ごす。
しかしその間にもナカミネは何十曲の楽曲を書いたのでした。
2012年12月
ナカミネは2012年に書いた数十曲の楽曲の中から
17曲を選び出し、Future Demoと名付けたデモを制作する。
The Extreme Tourの経験に触発され、
まるでティーンエイジャーのような 新鮮な感性で書かれた楽曲は、
Imari Tonesの音楽性を未来に向けて切り開くことになる。
またナカミネはThe Extreme Tourの中でスケートパークで演奏した経験から、
ツアー後にスケートボードを始めたが、
このスケートボードという新たな要素が
クリスチャンになった時以来といえる大きな影響を
楽曲の音楽面に及ぼし始めたのも見逃せない。
またToneは、12月18日、
「熱きリョウとジーザスモード」の一員として 新宿FNVにてライヴを行う。
さらにToneは12月31日、
Atsuki Ryo with Jesus Mode(熱きリョウとジーザスモード)の一員として
小田急相模原、御園バプテスト教会にてカウントダウンライヴに参加。


2013年1月
バンドはぼちぼちと再始動の準備にかかり、
新曲のリハーサルにちょっとずつとりかかる。 2013年2月 ナカミネ、クリスチャン新聞(いのちのことば社)の取材を受け、
草の根のミッショナリーツアーであるThe Extreme Tourを 日本で行おうという趣旨の記事が同紙に掲載される。
またこの時期、バンドはHard Rock Cafe主催のHard Rock Risingコンテストに参加し、
インターネット予選を勝ち上がり、
2月19日、横浜はみなとみらいのHard Rock Cafe Yokohamaにて
コンテストの一環としてライヴ演奏をする。
米国ツアー時と遜色のない絶好調の演奏を披露し、
観客をノックアウト、オーディエンスもっとも湧かせ、
圧倒的に予選突破かと思われたが、メタルなパフォーマンスが審査基準をはみ出したためか
審査員は他のバンドを選び、コンテストは決勝進出ならず。
しかしまったくそんな結果は気にしないバンドの面々であった。


2013年3月
3月16日、相模原の御園バプテスト教会にてライヴ。
Toneにとっては、サイドプロジェクトであるAtsuki Ryo with Jesus Modeや、
Imari Tones featuring Kurojunで何度も演奏させてもらっている教会であるが、
本来の3人編成のImari Tonesでこの教会での演奏は初めてとなった。
共演は栄光号ならびに山本香織さん。
教会ということで比較的お行儀のよい演奏となったが演奏自体は安定していた。
またToneはスケートボードを使用したステージパフォーマンスを初めて行った。
またこの時期、ToneはFamicom Dojoに提供する楽曲"Famicom Thrash"、
ならびにワーシップ曲"Give Us Your Miracle"の日本語バージョン"Kiseki Wo Kudasai"の
レコーディングをする。


2013年4月
4月29日、西横浜 El Puenteにてライヴ。 共演は儀太郎およびFDN。
季節外れの風邪を引いてToneのヴォーカルは本調子ではなかったが、
ドロップDチューニングの新曲をばしばし披露して楽しい演奏となる。
Toneは懲りずにスケートボードのパフォーマンスを行う。
2013年5月
バンドは相変わらず新曲に取り組む。
Toneは秋に予定する日本版The Extreme Tourの準備で途方に暮れつつも動く。
5月25日、小田急相模原ロクデナシにてライヴ。
共演はB.D.Badge。
またも新曲をばしばし試運転、コンディションもよく、かなり内容の良い演奏となる。


2013年6月
バンドは相変わらず新曲に取り組む。
Toneは尊敬するbloodthirsty butchers吉村氏の急死にショックを受けたり、
もっとも影響を受けたVan Halenの15年ぶりの来日コンサートに複雑な感想を抱いたり、
7月初旬には尊敬する熊谷幸子さんのコンサートに感銘を受けたりと、
いろいろ節目っぽい音楽的な出来事を経験する。


2013年7月
7月13日、西横浜El Puenteにてライヴ。
共演はGeneration Coxx、High Wire。
El Puenteという特別なヴァイブを持ったハコの雰囲気や、
共演バンドのイキのいい演奏にあおられて、クオリティの高い演奏を実現。


2013年8月
8月7日、四谷Live Inn Magicにてライヴ。
難易度の高い新曲を披露する。
8月21日、横浜寿町音小屋にてライヴ。
共演は、B.D.BadgeならびにAtsuki Ryo with Jesus Mode。
ToneはImari TonesとJesus Modeでのダブルヘッダー。
サイドプロジェクトであるジーザスモードとの合同対決ライヴであり、
なおかつ3バンドともクリスチャン系のバンドで、
互いの交流と向上を図った。
また、この時期、Toneは10月に予定されたThe Extreme Tour Japanの
準備に奔走する。


2013年9月
9月8日、Toneは、"Atsuki Ryo with Jesus Mode"の一員として、
錦糸町ReBirthにて、
元祖クリスチャンヘヴィメタルバンドStryperのコピーバンドによる
企画イベント"Stryper Prayers"に参加し演奏する。
9月27日、大塚Deepaにてライヴ演奏。
本番前にジェイクが酔いつぶれるというアクシデントが発生し、
パンクバンドのような演奏になり、なぜか好評を博し、
ある意味伝説のライヴとなる。
2013年10月
10月1日〜10月23日にかけて、
Imari Tonesは、
昨年アメリカを共にツアーしたThe Lacks (California)、The Burn Ins (BC, Canada)、
ならびに一昨年のThe Objectiveで出会ったC.J. Lassiter (California)と共に、
クリスチャンミッショナリーツアーThe Extreme Tour Japanを敢行する。
The Extreme Tourが日本で行われるのはもちろん初めて。
自分たちの拠点とする横浜をローカルに攻めた他、
川崎、千葉などでも演奏し、
また福島県いわき市、宮城県石巻市でも演奏を行った。
音楽やクリスチャンを取り巻く環境の違いから、
当初、日本で行うのは不可能と思われたThe Extreme Tourであったが、
各方面からの協力を得て、
各地、各イベントにおいて想像以上の好評と反響を得て、
初回としては大成功を納め、
次回へと繋げる展望を開くことができた。
毎年のようにアメリカ遠征を行ってきたImari Tonesだったが、
この日本ツアーにおいては、
アメリカの環境とカッティングエッジなクリスチャンミュージックを、
日本にそのまま持ってくることができたという意味で意義深いものだった。
また、キリストの愛を日本に広めるという意味においても、
Imari Tonesならではの役割をひとつここに行うことができたと言える。
ツアーの演奏内容は以下。
(Imari Tonesとして参加しなかったものも含む)

10月3日、新浦安駅前(The Lacks、The Burn Ins、C.J. Lassiter、山本香織)
10月4日、横浜寿町音小屋(The Lacks, The Burn Ins, C.J. Lassiter, Imari Tones, B.D.Badge)
10月5日、洋光台Well Yokodai BBQパーティー(The Lacks, The Burn Ins, C.J. Lassiter)
10月6日、西横浜El Puente(The Lacks, The Burn Ins, C.J. Lassiter, Imari Tones, 儀太郎)
10月8日、川崎市中原平和公園(The Lacks, The Burn Ins, C.J. Lassiter, Tak solo, Chiyo from Saluki)
10月9日、横浜公園(The Lacks, The Burn Ins, C.J. Lassiter, Imari Tones)
10月11日、元町スターバックスカフェ(The Lacks, The Burn Ins, Tak solo)
10月12日、Yokohama Union Church (The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones, 萩原ゆたか)
10月13日、船橋バプテスト教会 (The Lacks, The Burn Ins)
10月14日、横浜伊勢佐木町クロスストリート(The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones)
10月15日、石川町シャロームの家(The Lacks, The Burn Ins)
10月18日、いわきParadise Blue (The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones & Iwaki local bands)
10月20日、石巻まちなか復興マルシェ (The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones)
石巻The Rock (The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones)
10月21日、石巻Onepark (The Lacks, The Burn Ins, Imari Tones)

その他、いくつもの非公式"ハイプ"演奏も各地で行われた。

10月27日、Toneは、「熱きリョウとジーザスモード」の一員として、
秋葉原リボレpart2にてライヴ演奏を行う。
イベント主催は以前より親交のあるGammaray Burst澤井氏。
この日のAtsuki Ryo with Jesus Modeには、
ヘルプドラマーとしてImari TonesのJakeが参加。
The Extreme Tour Japanの延長戦のような勢いで、
ホーリースピリットに溢れた演奏をし、好評を得た。
2013年11月
バンドは、ツアーの後片付けをしつつ、
のんびりとリハーサルをして過ごす。
また、延び延びになっていた"Heroes EP"を
ようやくiTunes、BandCamp等でリリースする。


2013年12月
バンドは、のんびりとリハーサルをして過ごす。
12月31日、Toneは、「熱きリョウとジーザスモード」の一員として
小田急相模原、御園バプテスト教会で行われたカウントダウンイベント
「Go To New Year 2014」にてライヴ演奏する。
恒例となった、Imari Tonesも含めれば4年連続となる出演だったが、
Toneが世界最高のギターと呼ぶ新兵器"猫ポール"を導入し、
実力のついてきたジーザスモードの面々とともにベストな演奏となる。



2014年1月
年末年始にかけて、Toneは、以前から作りたいと発言していた
日本の歴史をモチーフにしたコンセプトアルバムの構想を思いつき、
それらの楽曲を数日のうちに書き上げる。
コンセプトアルバムは、仮タイトルで"God Wind"と呼ばれる。
また、年始の某日、バンドは、クリスチャンバイクチーム、
ローズエンジェルス神奈川支部の協力を得て、"Faith Rider"の
ミュージックビデオ撮影を行う。
また、バンドは、昨年10月の日本ツアー中に撮影した映像を使い、
"Yokohama Dreaming"、"Heroes"などのミュージックビデオを制作し、公開する。
1月18日、Toneは、「熱きリョウとジーザスモード」の一員として
福生チキンシャックにてライヴ演奏する。
1月31日、Imari Tonesは大久保HotShotにてライヴを行う。
高水準の演奏を披露する。
2014年2月
バンドは、アルバム"Revive The Nation"の録音に取りかかる。
ドラム録音を2月いっぱいで完了させる。
また、某日、Imari Tonesの楽曲の中でも、特に人気の高い、
"Faith Rider"のミュージックビデオを完成させ、YouTube等で公開する。
2月26日、Hard Rock Cafe主催のHard Rock Risingコンテストに参加。
インターネット予選を勝ち上がり、昨年に引き続き、
2年連続でハードロックカフェ横浜にてライヴ演奏をする。
昨年同様、コンテストの決勝には勝ち残れなかったものの、
メッセージ性を重視したストレートな直球のハードロックで
観客を魅了することに成功する。

2014年3月
バンドは引き続きアルバム"Revive The Nation"の録音作業や、
実際にはその準備の作業に没頭する。


2014年4月
4月10日、町田Nutty'sにてライヴ。
Song of Songs Vol.7、
共演は、ソルフェイ、CLOD、バンドエイド、五十嵐おサム。
普通のライヴハウスのライヴにもかかわらず、
クリスチャン系のバンドが4つも出演する貴重なライヴとなる。
また、バンドは引き続きアルバム"Revive The Nation"の録音作業を続け、
4月前半にベース録音を完了する。
2014年5月
5月10日、Toneは桜木町県民共済ホールにて、
牧師Yaw氏のコンサートに参加、ベースを演奏した他、
アコースティックによるソロ演奏を披露する。
また、バンドは引き続きアルバム"Revive The Nation"の
録音制作に取り組み、
5月中旬から下旬にかけて、ギター録音、
またリードヴォーカルの録音を完了する。
またToneは、突如として、先に知り合い共演した町田を拠点とする
クリスチャンバンド「ソルフェイ」にベースで加入、
5月31日、町田Nutty'sにてライヴ演奏を行う。


2014年6月
6月上旬、バックグラウンドヴォーカルの録音を完了。
これにて、アルバム"Revive The Nation"のレコーディングがひととおり完了する。
またバンドは、レコーディング終了と同時に
次回作となるコンセプトアルバム"Jesus Wind"(仮)の楽曲のリハーサルに
早くも取り掛かる。
6月14日、Toneは「ソルフェイ」のメンバーとして町田Nutty'sにてライヴを行い、
ベースを演奏する。


2014年7月
7月21日、大久保水族館にてライヴ。
共演はおなじみB.D.Badge、儀太郎。
レコーディングでも活躍したToneの新兵器「猫ポール」を
Imari Tonesのライヴに初投入、
新境地を切り開く演奏となる。
7月19日、Toneは、「熱きリョウwith Jesus Mode」の一員として
町田Nutty'sにてライヴ演奏を行う。
なおこの日の演奏にはImari Tonesのジェイクがヘルプドラマーとして参加。
7月21日、Toneはソルフェイのメンバーとして、
町田Nutty'sにてライヴ演奏、ドラムスを担当する。
2014年8月
8月某日、Imari Tonesは、兄弟バンド"Atsuki Ryo with Jesus Mode"と共に、
ヘヴィメタルウェブジン"Metal Japan"のコンピレーションCD
"Heavy Chains Vol.2"に参加。"Faith Rider"と"Iron Hammer"の2曲を提供する。
8月2日、ToneはYaw牧師のレゲエバンドYao Bandの一員として
横浜YCACにてライヴ演奏、ベースを担当する。
またこの時期、Toneは6月に仮ミックスを完成させていたアルバム
"Revive The Nation"のミックスの修正作業を行い、
アルバムは正式に完成となる。
またそれに伴い、アルバムのタイトルを"Revive The Nation"から
"Revive The World"に変更することとなる。


2014年9月
Toneおよび関係者は、11月に予定されている
第二回目のThe Extreme Tour Japanの準備に奔走。
9月23日、都内にて行われたクリスチャンポップカルチャーのイベント
「いのフェス」(いのりフェスティバル)に、The Extreme Tour Japanとして出展、
参加バンドやツアーのPR活動を行う。


2014年10月
Toneことナカミネは、
準メンバーか関係者のようになっている
町田を拠点とするクリスチャンロックバンド、「ソルフェイ」の一員として、
ソルフェイのファーストアルバム"Soul of Faith"において、
1曲(Highway Howling)でベースを担当した他、アルバムのマスタリングを手がける。
10月26日、Toneは「Atsuki Ryo with Jesus Mode」の一員として
西横浜El Puenteにてライヴ演奏を行う。
またこの時期、Toneは「Atsuki Ryo with Jesus Mode」の
2nd EPのバックトラックの録音制作を行う。
2014年11月
ToneおよびImari Tones (伊万里音色)は、
他のいくつかのバンドやミュージシャン、関係者を巻き込み、
2年目となるThe Extreme Tour Japan 2014を実行する。
アメリカおよびカナダから3組のアーティストが来日した前年度と異なり、
本年度はアメリカから一人のラッパー(Angelo from Gallery Cat)が来日したのみだったが、
そのぶん日本側のチーム、日本のアーティストが充実し、結束し、強められ、
この草の根ミッショナリーツアーが日本に根付いていくための
力強い一歩となった。

アメリカ側のアーティストの来日予定が前後したため、
11月3日にImari Tonesとして大久保水族館でライヴ演奏を行ったのを前哨戦として、
以下の演奏が行われた。
以下のツアーはAngelo (from Gallery Cat)をヘッドライナーとして回る形で行われた。
日程などの都合から、すべてのギグをImari Tonesとして参加するのではなく、
ジーザスモードやToneのアコースティックソロとしての参加も行った。
西日本ツアーはToneのアコースティックソロにての参加となった他、
ソルフェイのオオハラ氏との二人によるソルフェイ名義での演奏も行った。

11月8日、福島県、南相馬Back Beatのスタジオにて
Imari TonesとしてAngeloとともにライヴレコーディングセッション
(当初計画されていたライヴがキャンセルになったための急遽の企画)

11月9日、福島県いわき市、勿来キリスト福音教会にてワーシップ演奏およびライヴ
(ワーシップはナカミネタカヒロ、ライヴはImari Tonesとして参加)

11月11日、お茶の水クリスチャンセンターにてThe Extreme Tour Japanとしてライヴ
CLOD三木氏、ソルフェイオオハラ氏も参加
(Toneは「二人ソルフェイ」として参加)

11月13日、横浜伊勢佐木町クロスストリートにてライヴ
ソルフェイオオハラ氏も参加
(Atsuki Ryo with Jesus Modeとして参加)

11月14日、西横浜El Puenteにてライヴ
共演に儀太郎、Yaw Amoabeng
(Toneのアコースティックソロとして参加)

11月15日、下北沢Regにてライヴ
共演はCLOD、Indicator、ソルフェイといったクリスチャンバンドが揃う
(東京を拠点とするクリスチャンロックバンドCLODのツアーファイナルに
The Extreme Tour Japanが共同参加する形で実現、
Toneは秘密兵器「猫ポール」を使用、
Imari Tonesとして会心の演奏を行った。)

11月16日、吉祥寺井の頭公園野外ステージにて、
The Extreme Tour Japanとして演奏。
参加ミュージシャンに、Toshi_Rock閣下(B.D.Badge)、
三木氏(CLOD)、オオハラ氏(ソルフェイ)、ヤマモトカオリ、Angerlo from Gallery Cat
(ToneおよびImari Tonesは参加せず)

11月17日、Toneは、ソルフェイのオオハラ氏、Angelo from Gallery Catの3人で、
西日本ツアーに旅立つ。

11月18日、香川県、高松ビートルズにてオープンマイクに参加
(Toneアコースティックソロ、および二人ソルフェイとして参加)

11月19日、香川県、四国福音キリスト教会にてアコースティックコンサート
(Toneアコースティックソロ、および二人ソルフェイとして参加)

11月20日、広島県、福山サニーズロックにてライヴ
(Toneアコースティックソロ、および二人ソルフェイとして参加)

11月21日、三重県、四日市ガリバーにてライヴ
共演にクリスチャンフォークデュオとして名高いジーバーズ(Geebars)
(Toneは二人ソルフェイとしてのみ参加)

11月22日、三重県、四日市のスケートパーク、
バイタル四日市スタジオにて、スケートパーク突撃演奏。
引き続き共演にジーバーズを迎え、スケートボード場ならびにバーベキューに
演奏しながら乱入。
非常にアットホームにエポックメイキングなイベントとなる。
(Toneはアコースティックソロとして参加)

同日、愛知県名古屋市、金山駅前路上にてストリート演奏
(Toneはアコースティックソロにて参加)

以上、The Extreme Tour Japan 2014の全日程を終了する。
2014年12月
12月11日、Toneは、「ソルフェイ」の一員として町田Nutty'sにてライヴを行う。
この年、ベーシスト、ドラマー、エンジニア、アコースティックギターと、
ソルフェイに関わってきたToneであったが、
節目としての「5人体制のソルフェイ」としてのライヴが企画され、
Toneはエレクトリックギターを担当した。
リズムギター的なパートを担当したが、一部のリードプレイも含め
ハードロック色を加えることに成功。
パワフルな会心のライヴとなり、
好評を得る。
また、この月、Toneは前月にThe Extreme Tour Japanの一環として
南相馬Back Beatにて行ったライヴレコーディング音源のミックス及び
一部手直しを行い完成させる。



2015年1月
1月20日、Toneは新橋ZZにてアコースティックソロにてライヴを行う。
また同時期、Toneは熱きリョウとともに、
"Atsuki Ryo with Jesus Mode"の2nd EPを完成させる。


2015年2月
2月某日、バンドは数年ぶりとなる
本格的なフォトセッションを行う。
また、時を同じくしていくつかの曲のためのビデオ撮影も行われる。
またこの時期、Toneはスケートボードの撮影を行い、
たった2年余りのスケート歴ではあるものの、
持てるスケートボードの技を駆使して動画を撮影し、
それらを使って"Born To Ride"のビデオを作成、2月末に完成し公開された。


2015年3月
3月初旬、Imari Tonesは前年11月のThe Extreme Tour Japanの際に
福島県南相馬市にて録音された一風変わったライヴアルバム
"Atomic Live!"を発表、無料にてデジタル配信する。
原子力発電所から15マイルの距離での録音という話題性もあり、
いくばくかのプレスカバレッジを得ることにも成功する。
3月15日、Toneは町田を拠点とするクリスチャンロックバンド
「ソルフェイ」の一員として町田Nutty'sにてライヴ演奏を行う。
担当はリズムギター。
このライヴはソルフェイのリードギター担当であるウッディ氏の卒業ライヴだった。
またImari Tonesは水面下にて引き続きビデオ撮影を行い、
3月末には"Victory"のビデオを公開する。
2015年4月
バンドは新曲のリハーサルに取り組みつつ、
水面下でフェスティバルとかいろいろプランが進む。
引き続きミュージックビデオの作成を続け、
"Unknown Road"のビデオを公開する。


2015年5月
バンドは引き続きミュージックビデオの作成を続け、
"Unlimit"のビデオを公開する。
5月6日、新橋ZZにてライヴ。
写真撮影やビデオ撮影など忙しくしていたので
気が付かなかったが、よくよく考えると半年ぶりのライヴであった。
共演はB.D.Badge、CLOD、FDN、ジョリポリ。
普段やらない曲を中心に充実した演奏を披露。
また5月3日、Toneは「ソルフェイ」の一員として長野県小布施町にて
地域のお祭りの場でアコースティック演奏を行う。
5月21日、Toneは町田Nutty'sにてアコースティックソロのライヴを行う。
このイベントはソルフェイのオオハラ氏の企画によるゴスペルイベントで、
CLOD三木氏、B.D.Badge中島氏、ヤマモトカオリ氏などが出演した。


2015年6月
バンドは引き続き新曲のリハーサルならびにビデオ制作を続ける。
6月9日、Toneは新橋ZZにてソルフェイのオオハラシンイチのバンド
(変則メンバーのソルフェイ)にてベースを担当しライヴ演奏。
また6月20日にはソルフェイの一員として聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘キリスト教会にて
ライヴ演奏、リードギターを担当する。
またこの時期、Toneは"Jesus Wind"の次のアルバムと目される、
コードネーム「鍋島」の基本的な作曲をほぼ完成させる。
同時にImari Tonesのサウンドの究極点への取り組みがスタートしていく。


2015年7月
7月20日、Toneは「熱きリョウとジーザスモード」の一員として
新橋ZZにてライヴ演奏を行う。
しかし、この日、シンガーの熱きリョウが体調を崩しライヴに参加できず、
Toneが急遽ヴォーカルも担当し変則的な形でライヴを行う。
サポートドラムを担当していたジェイクとともに、半分くらいImari Tonesのような
演奏となったが、意外と好評を得る。
2015年8月
8月8日、Imari Tonesは下北沢ボイスファクトリーにてライヴ演奏を行う。
これはクリスチャンロックレーベルCalling Recordsの立ち上げイベントであった。
Calling Recordsとは、前年のThe Extreme Tour Japanをきっかけに、
CLODのミキヒロキ、ソルフェイのオオハラシンイチ、Imari Tonesナカミネが一緒になって
立ち上げたクリスチャンロック専門レーベルであり、
これらクリスチャンロックバンドが協力してレーベルを立ち上げることは、
日本のクリスチャンロックシーンのひとつのマイルストーンたる出来事であった。
この日イベントに出演したのは、Imari Tones、熱きリョウとジーザスモード、
ソルフェイ、CLOD、Indicatorという5組のクリスチャンロックバンド。
この5組が2曲ずつ提供したコンピレーションアルバム、
"Calling From You Vol.1"がこの日、発売となった。
CLODは奇しくもこの日が解散ライヴとなってしまったが、
多くの来場者と、各クリスチャン系メディアの取材、露出も得て、
イベントは大成功となった。
ToneはImari Tonesならびにジーザスモードで演奏し、
Imari Tonesも会心の演奏を行った。
また、この8月中に、Toneは聖書の預言をもとに、
コンセプトアルバム"Jesus Wind"の歌詞をすべて書き上げる。
また、この時期、Toneは2005年に録音した作品のうち
"異能レース"、"無責任なメシア"の2枚のアルバムの
再構築作業に取り掛かり、ベースを中心に録音のし直しや修正を行った。


2015年9月
Imari Tonesは、9月21-23日の日程で長野県の松原湖バイブルキャンプで行われた
松原湖バイブレーションジャムに参加し、9月22日にイベントの一環として行われた
クリスチャンロックフェスティバルでライヴ演奏を行う。
松原湖Vibration Jamは、バイクのツーリングやバーベキューなどと共に、
日本初のクリスチャンロックのフェスティバルとして企画されたイベントであった。
共演はサルーキ=、GeeBars、ソルフェイ、Indicator、Peter's Chiken Party、サムエル。
Toneはソルフェイのメンバーとしても演奏を行った。
初の試みならではの手作りのイベントではあったが、
多くの仲間の協力を得て素晴らしいイベントとなり、
Imari Tonesも75分という普段よりも長めのステージの中、
記念すべきフェスティバルにふさわしい会心の演奏を行った。
2015年10月
10月12日、Imari Tonesは新橋ZZにてライヴを行う。
共演はB.D.Badge、Yeahchang & Cats & Dogs All Stars、Stream。
若干荒さを残しながらも勢いのある演奏を行い好評を得る。
10月20日、2014年に録音制作したアルバム"Revive The World"を正式にリリース。
サウンド面、楽曲面、精神的な高揚感、スピリチュアル要素などの面において、
ひとつの高みに達する作品を世に提示する。
いくつかの音楽サイトにも取り上げられ好評を得る。


2015年11月
ToneおよびImari Tonesが中心となり、多くの関係者や仲間とともに
3年目となるThe Extreme Tour Japanが開催される。
前年度も来日したツアーリーダーであるAngelo (Gallery Cat)が直前の急病により
来日できず、ツアーリーダー不在という若干特殊な状況で行われた。
アメリカから来日したアーティストは、SIKA、Filiaの2組。
いずれも強力なアーティストであったものの、クリスチャン的なメッセージ色は
必ずしも強くなく、代わりに日本側の参加アーティストがイエス・キリストのメッセージ色を
強く出していくという、少々意外な形でツアーは展開した。
昨年以上に、日本側のアーティストの健闘と成長が目立つツアーであった。

Imari Tonesが参加しなかったものも含めて、
開催されたイベントは以下の通り。

11月7日、福島県いわき市パラダイスブルーにて地元バンドと共にコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia、ミキヒロキ)
(地元バンドにFeiz、色即是空JKK、Akico)

11月8日、福島県いわき市勿来キリスト福音教会にてコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia、ミキヒロキ)

11月12日、千葉県舞浜および新浦安路上にて演奏
(参加アーティスト、Sika、Filia)

11月13日、西横浜El Puenteにてライヴ
(参加アーティスト、Sika、Filia、B.D.Badge、熱きリョウとジーザスモード)

11月14日、新宿Merry-Go-Roundにてライヴ
(参加アーティスト、Sika、Filia、儀太郎、Peter's Chicken Party、Imari Tones)

11月17日、上野公園にてホームレスの人々を対象とした伝道集会に参加、演奏
(参加アーティスト、Sika、Filia)

11月18日、横浜白楽BCBGにてライヴ
(参加アーティスト、Sika、Filia、オオハライチ、ナカミネタカヒロ)

11月20日、愛知県豊橋市オレンジプラザにてチャリティコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia)

11月21日昼、愛知県豊橋市駅前広場にてコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia、Imari Tones)
同日夜、蒲郡国際クリスチャンバプテスト教会にてコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia、Imari Tones、BLUEMAKER)

11月22日、名古屋矢場町路上にてコンサート
(参加アーティスト、Sika、Filia、Imari Tones、Kojin Kobayashi)

以上、3年目となるThe Extreme Tour Japan (XTJ2015)の全日程を終了。
2015年12月
この時期、Toneは同年夏頃より着手していた、
2005年の2枚のアルバム「異能レース」「無責任なメシア」の再構築作業を続行、
リミックス作業と一部のヴォーカルトラック等の録り直しに明け暮れる。
バンドは翌年に予定しているコンセプトアルバム"Jesus Wind"のレコーディングに向けた
リハーサルを繰り返す。
12月29日、Toneは「熱きリョウとジーザスモード」の
臨時編成である変名ユニット「ジーザスドーモ」のメンバーとして
新橋ZZにてライヴを行う。
シンガーの熱きリョウがこの時期、ソロ活動が忙しくなったため、
Toneがヴォーカルを兼任する形でライヴが行われた。
荒い演奏であったカバー曲も交えて意外と好評を得る。


2016年1月
Toneは、2015年より続けていた「異能レース」及び「無責任なメシア」の
リミックス、再構築作業を完了させる。
バンドは、コンセプトアルバム「Jesus Wind」(仮)のレコーディングに向けて
リハーサルを繰り返す。


2016年2月
バンドは、コンセプトアルバム「Jesus Wind」(仮)のための
ドラム録音を行う。


2016年3月
3月上旬、リミックス再構築(ReBuilt)した
"Heterogeneous Species"(異能レース)
"Reluctant Savior"(無責任なメシア)の2枚のアルバムを
デジタル配信にてリリースする。
バンドは、コンセプトアルバム「Jesus Wind」(仮)のための
ベース録音を行う。
2016年4月
この月、クリスチャンヘヴィメタルの元祖といえる存在である
Stryperが来日し、日本において27年ぶりの単独コンサートツアーを行う。
Toneの妻でありバンドのサポーターでもあるMarieは
Stryper Street Team Japanを運営している関係上、
Toneもコンサートの裏側を少なからず覗くこととなった。
クリスチャンメタルバンドとして幾ばくかの「ビジネストーク」も行われたが、
キリスト教メディアであるクリスチャントゥデイの記事において、
ToneはImari Tonesナカミネタカヒロの名前で
Michael Sweetを相手にインタビュアーを務めることとなった。
4月19日、Toneは新橋ZZにてアコースティックソロ演奏を行う。
4月30日、バンドは町田Nutty'sにてライヴ演奏を行う。
盟友ソルフェイによる企画ライヴで、
ソルフェイをはじめ、GeeBars、三木ヒロキ、Peter's Chicken Partyといった
クリスチャン系のアーティストが集まり熱いライヴを行った。


2016年5月
5月3日、バンドは新橋ZZにてライヴ演奏を行う。
共演は
B.D.Badge、DRAGON CRY、ルシール、MARUGAN BLUES 帆掛船、sim sim BBQ。
比較的冷静ながらも着実な演奏を行う。
5月19日、Toneはソルフェイのオオハラ氏企画イベント"Song of Songs"に参加し、
町田Nutty'sにてアコースティックソロ演奏を行う。
楽器のトラブルに見舞われながらも熱演で好評を得る。
また、バンドはコンセプトアルバム"Jesus Wind"(仮)のレコーディング作業を続行、
ギタートラックの録音を行う。
また小さなことではあるが、5月27日、Toneはbloodthirsty butchers吉村秀樹氏の
追悼イベントに参加し、新代田Feverにて「パラレルなユニゾン」と「ファウスト」の
エレクトリックギター弾き語りを行った。


2016年6月
バンドはコンセプトアルバム「Jesus Wind」(仮)の録音作業を続行。
ヴォーカルトラックの録音を行う。
2016年7月
7月5日、Toneは横浜が誇るクリスチャンブルースシンガー石川ヨナのサポートとして
エレクトリックギターを担当、横浜寿町音小屋にてライヴ演奏を行う。
7月10日、Imari Tonesは横浜Bay Jungleにてライヴを行う。
これは女子高生クリスチャンバンドEIMSの企画"Box of Praise"への参加であった。
若いオーディエンス相手に気合いが空回りしたのかミスも多かったが
大人が体を張って笑いを取りにいくような表現を大いに見せつける。
また7月初頭、Toneはコンセプトアルバム"Jesus Wind"の仮ミックス(Version0)を完成させる。
7月30日、Imari Tonesは福生チキンシャックにてライヴ。
その場に居合わせたオーディエンスは少なかったが、
アメリカっぽい環境との相性が良かったのか、本領を発揮する演奏を披露し、
居合わせた観客を熱狂させる。
またこの時期、Toneは"Jesus Wind"の仮ミックスを仕上げるとすぐに、
その次回作とも言えるImari Tones (伊万里音色)としての究極であり最後とも言える作品、
「鍋島」のデモ制作に取り掛かる。


2016年8月
8月初頭、ToneはImari Tonesにとっての究極の到達点となる作品である「鍋島」のデモ、
およびその前置きの意味合いを持ちいろいろな成り行きで
作ることになってしまった通称「しましまデモ」を完成させる。
「鍋島デモ」は22曲、「しましまデモ」は過去のボツ曲のリサイクルを含むものの14曲と、
かなりのボリュームとなった。
そしてバンドはこの「鍋島」とどのように向き合っていくべきか
思案することになる。
8月後半、Toneはコンセプトアルバム"Jesus Wind"の修正ミックス(Version0.1TB)を完成させる。
これを以てImari Tonesにとって「預言書」とも言うべき内容を持つ
一世一代のアルバムが完成となった。


2016年9月
9月某日、バンドは"Jesus Wind"の完成や「鍋島デモ」の完成を踏まえて、
今後の活動についてシリアスに会議する場を久々に設ける。
また9月初旬、Toneは「鍋島デモ」の歌詞を早々にすべて書き上げてしまい、
ここに"12曲を二枚組、合計24曲"という鍋島の青写真が浮かび上がることになった。
9月15日、Toneはソルフェイのオオハラ氏の企画であるSong of Songsに出演、
町田Nutty'sにてアコースティックソロ演奏を行う。
「しましまデモ」収録の楽曲"Born Again"を早くもアコースティックで披露した他、
10代の頃に書いた楽曲である「3コードで行こう!」などを演奏、
テンションの高いステージとなり好評を得る。
9月25日、Toneはオオハラシンイチのソロ名義ライヴのサポートプレイヤーとして
ベースを担当し新橋ZZにてライヴ演奏を行う。
2016年10月
この月、4年目となるXTJ (The Extreme Tour Japan)が行われた。
アメリカおよびカナダからのバンドを迎えて開催していたこれまでと違い、
この4度目のXTJは南米はチリより、日本語で歌うJ-Rockバンドである
Victoriano (ビクトリアノ)を迎えて行われた。
ToneおよびImari Tonesは今回も中心となって運営および演奏に携わったが、
Calling Recordsの仲間の協力を得て、
Calling Recordsのアーティストたちと共に各地のイベントを企画する形となった。
ToneはImari Tonesだけでなく、他アーティストのサポートとしても演奏し、
また正規ベーシスト不在で来日したビクトリアノのサポートベースとして、
ほぼ全公演に出演した。
XTJの企画として開催されたイベントは以下の通りである。
(ビクトリアノは下記以外にも非公式の演奏をいくつか行っている)

10月1日、愛知県 瀬戸神召教会
(出演: Imari Tones、Victoriano)

10月2日、愛知県蒲郡 国際クリスチャバプテスト教会
(礼拝のワーシップ演奏。出演: Imari Tones、Victoriano)

10月4日、渋谷チェルシーホテル
(Victorianoブッキングライブ)

10月8日、下北沢Cave Be
Calling Records主催 Busking Series 2016 Final
(出演: Victoriano、Xie、Imari Tones、Soul of Faith、三木ヒロキ、石川ヨナ)

10月11日、横浜寿町音小屋
(出演: Victoriano、オオハライチ、サルーキ=、石川ヨナ、三木ヒロキ)

10月12日、大山SonRise Cafe
(Victorianoが急遽アコースティック演奏を行った)

10月14日、西横浜El Puente
(出演: Imari Tones、B.D.Badge、儀太郎、Victoriano)

10月15日、福島県 いわきR3
(出演: Feiz、Victoriano、akiyoshida、オオハラシンイチ、三木ヒロキ)

10月16日、福島県 勿来キリスト福音教会
(出演: Victoriano、オオハラシンイチ、三木ヒロキ)

10月18日、上野公園ホームレス伝道 上野よみがえり会
(Victorianoが参加して賛美演奏および炊き出しのお手伝い)

10月22日、福生チキンシャック
XTJ x GRB
(出演: Victoriano、Volume-8、Shacks、asan、Imari Tones、Impureblood)

XTJの主催側として把握しているのは以上11公演である。
ツアー全体としては、慢性的な予算の不足および人員の不足、
The Extreme Tourのアメリカ本国側とのコミュニケーションの
不足および事実上の断絶状態、
加えてこの時期顕著であったImari Tonesの内部事情の不安定さ、
過去に二度お世話になっているいわきのライブハウス「パラダイスブルー」の
オーナー氏の急逝など、
例年以上の困難、トラブルとドラマを抱え込んでツアーは進行した。
しかし、地球の裏側から来たビクトリアノという仲間、
Calling Recordsの仲間たちによる協力、
そして行く先、各地でのあたたかい歓迎と熱狂に助けられ、
終わってみれば、奇跡的に祝福された初年度である2013年と比較できるほどに
よろこびと祝福にあふれたXTJとなった。

またXTJとは別件で、この10月にToneは、
某クリスチャン音楽業界の大物の好意により、
来日していたハードロックバンドExtremeの東京公演の楽屋に招待され、
志を同じくするクリスチャンアーティストとして、
ExtremeのヴォーカリストであるGary Cherone氏と重要な会話をする機会を持った。
ここに奇しくも
「エクストリームツアージャパンの期間中にジャパンツアー中のエクストリームに会う」
というダジャレを成し遂げることとなった。

またそれとは別に10月29日、
ToneはCalling Recordsの仲間であるオオハラシンイチのユニット、
「オオハライチ」のサポートでベーシストとして高円寺ROOTSにてライブを行う。


2016年11月
ToneおよびImari Tonesは、
4度目のXTJ成功を受けてのCalling Recordsの次へのミーティング、
また来年以降へ向けてのリハーサルなどを静かにスタートさせる。
Calling Recordsにおいては、
Toneが「自分がやるのは今年で最後」と公言していたXTJについて、
積極的に引き継ぐ方向の意見が出なかったことから、
ここへきて事実上、翌年以降のXTJは行われない可能性が非常に高くなる。
またToneは、現在の状態のImari Tonesで究極の到達点たる「鍋島」を鳴らすのには
無理があると判断し、
半ば現在の形のImari Tonesとして最後の作品とする覚悟で、
その前奏曲たる「Overture」の制作を決意する。
当初"Overture EP"と呼ばれていたその計画は、
8月に完成させた「しましまデモ」から数曲を選び、
そこにさらに新たに書き上げた数曲を加え、
さらにそこにアコースティックや打ち込みの楽曲を加えることで、
全10曲というもはやEPとは言えない規模のものとなった。
そしてこれはImari Tonesとしては久々の全曲日本語のアルバムとして
制作されることとなった。
それに伴いバンドはこの「Overture」の楽曲に取り組み始める。
また11月某日、バンドは横浜市某所にある能楽堂にて、
"Heaven's Gate"のミュージックビデオの撮影を行う。
二人のカメラマンを伴って行われた撮影は、
動画だけでなくアー写の撮影も行われるなど実り多いものとなり、
この日の素材からは"Heaven's Gate"だけでなく、
何曲もの楽曲のビデオが生まれることとなる。


2016年12月
バンドは水面下で"Overture"の楽曲のリハーサルを進める。
またこの時期Toneは長年使ってきた楽器やエフェクターを次々と手放して整理するなど、
バンドの創作の最終局面へと向かう準備を、心の面と道具の面の両方で着々と進める。
またこの時期、YouTubeにおいて"Heaven's Gate"のビデオを公開する。


2017年1月
バンドは水面下で"Overture"の楽曲のリハーサルを進める。
またこの時期Toneはクリスチャンブルースシンガーである石川ヨナの協力を得て、
"Ovreture"の収録予定楽曲のひとつであり、
数年来あたためていた楽曲であるヒップホップソング"Revive The Nation"の
レコーディングを行う。